13 力の代償
三人は、森の奥にある小さな洞窟へ移動した。
洞窟は浅く、入口から少し進むと、外の光が差し込む広い空間に出る。かつて旅人が雨宿りに使っていた場所らしく、隅には古い焚き火の跡があった。
ガルドは若者を壁際に座らせると、彼の胸元を確かめた。
「青の輝石か。ずいぶん無茶なことをされたな」
「……教団の検査を受けていたんです」
若者は、途切れ途切れに話し始めた。
「最初は、輝石の状態を調べるだけだと言われました。でも、途中から……力を限界まで引き出す訓練だと」
「それで?」
「身体が動かなくなっても、止めてもらえなかった。何度も、もっと力を出せと言われて……」
若者は、震える手を見つめた。
「最後には、自分の輝石が、自分のものじゃないような気がして」
ガルドの表情が変わった。
ほんの一瞬だけ。
怒りが、瞳の奥をよぎった。
「……そうか」
それ以上は聞かなかった。
彼女は若者に水を渡し、身体を休めるよう告げた。
やがて若者の呼吸が落ち着くと、ガルドは洞窟の入口へ向かった。
真も、その後を追った。
外では、森の葉が風に揺れていた。
「……あの人、大丈夫なんですか?」
「しばらく休めばな。今すぐ命に関わる状態じゃない」
ガルドは木の幹にもたれた。
「それより、お前だ」
「俺?」
「そう。お前」
彼女は真の胸元を指さした。
「無色の輝石で鉱喰いを倒したってのは、本当か?」
真は頷いた。
「でも、どうやったのか、自分でもよくわかっていません。音が聞こえて……その音に、何かを重ねたら」
「音?」
「はい。鉱喰いの身体から、一定の振動が聞こえたんです。それに自分の振動を合わせて、少しだけずらしたら、殻が割れて……」
ガルドは黙って聞いていた。
「それで、倒せたのか」
「……はい」
「ふうん」
彼女は顎に手を当てた。
「面白い力だな」
「面白い、ですか?」
「そうだろ。普通の色使いは、自分の色の力を使う。赤なら燃やす。青なら水や生命に干渉する。白なら隔てる。大体は、自分の色が何をできるか、最初から決まってる」
ガルドは、自分の胸元に触れた。
「でも、お前は違うらしい」
「……俺は、何も持っていないだけです」
「それ、誰に言われた?」
真は、口を閉じた。
「村の連中か? 学校の教師か? それとも、お前自身か?」
「……みんなです」
「そうか」
ガルドは、少しだけ空を見上げた。
「じゃあ、そいつら全員が間違ってる可能性もあるな」
真は、思わず顔を上げた。
「そんなこと……」
「あるだろ。世の中、わかったつもりになってる奴ほど、よく間違える」
ガルドは笑った。
「私だって、自分の力を全部わかってるわけじゃない」
彼女は手袋を外した。
その下の手は、赤く焼けたような痕で覆われていた。
指の付け根から手首にかけて、細いひび割れのような傷が走っている。古い傷もあれば、まだ赤みの残る新しい傷もあった。
真は、息を呑んだ。
「それ……」
「見てのとおり、火傷だよ」
ガルドは、何でもないことのように言った。
「自分の炎で、自分を焼いてる」
「どうして?」
「力を使いすぎるからだ」
彼女は手袋をはめ直した。
「赤の輝石は、身体を燃料にして力を引き出せる。熱、血、筋肉……場合によっちゃ、寿命までな」
真は、目を見開いた。
「寿命……?」
「そう。強くなりたいと思えば、いくらでも強くなれる。もちろん、その分だけ代償は大きくなるけどな」
ガルドは自分の胸元を軽く叩いた。
「力は、ただ使えばいいってもんじゃない。何を燃やして、何を残すのか。それを間違えたら、勝ったところで自分が空っぽになる」
真は、鉱喰いとの戦いを思い出した。
胸の輝石が震え、身体の奥が引き裂かれるように痛んだ。
あのとき、自分は何かを失いかけていたのかもしれない。
「……怖くないんですか?」
真が尋ねると、ガルドは少しだけ目を細めた。
「怖いさ」
答えは、意外なほどあっさりしていた。
「痛いしな。身体が焼ける感覚なんて、何度味わっても慣れねえよ」
「それでも、使うんですか?」
「必要ならな」
ガルドは、森の奥へ目を向けた。
「守りたいものがあるから、って言えば格好いいんだろうけどさ。私の場合は、もっと単純だ」
「単純?」
「目の前で誰かが踏みつけられてるのを見ると、腹が立つ。それだけだ」
彼女は、鼻を鳴らした。
「だから殴る。必要なら燃やす。あとで自分が痛い目を見ることになっても、その場で見て見ぬふりをするよりはマシだと思ってる」
真は、言葉を失った。
その考え方は、危うい。
無茶で、乱暴で、長く続ければ自分自身を壊してしまうかもしれない。
けれど、彼女の言葉には、真がどうしても否定できないものがあった。
鉱喰いに襲われた少年を見たとき。
自分も、同じことを考えたのだ。
怖かった。
死ぬかもしれないと思った。
それでも、見て見ぬふりはしたくなかった。
「……俺も、あのときは怖かったです」
真は呟いた。
「自分が何をしてるのかも、わからなかった。でも、あの子が死ぬのは嫌だった」
「だったら、それでいいじゃねえか」
ガルドは言った。
「お前が何色なのかなんて、今すぐわからなくてもいい。自分が何をしたいのか、そっちを先に考えろ」
真は、その言葉を胸の中で繰り返した。
自分が何色なのか。
それは、ずっと答えを求めてきた問いだった。
けれど、もしかすると。
その問いよりも先に、考えるべきことがあるのかもしれない。
自分は、何をしたいのか。
何を守りたいのか。
何を、残したいのか。
まだ、答えは出なかった。
それでも、初めて、その問いを自分のものとして考えられた気がした。




