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 王都の人々の暮らしは以前よりも大分落ち着きを取り戻しており、連合の物資が継続して届くようになってからは、その安心が目に見える形となり、さらなる安心感を与えていた。

 市場に並ぶ物資は安定し、街路を歩く人々の顔にも、ようやく安堵の色が差しはじめている。


 クラウディアは執務机に積まれた報告書を一枚閉じ、胸の奥で小さく息を吐いた。


 ――ようやく、ここまで来た。


 そのとき、扉がノックされ、諜報員が駆け込んできた。

 息を整える間もなく、報告を口にする。


 「……王子がティルフォードから帰る途中、街道にて夫婦二人を殺めたとの報告が!」


 「なんだと!」


 クラウディアは椅子を弾き飛ばすように立ち上がった。

 室内の空気が一気に凍りつき、マイルズもキミトフも、ただ硬直するしかなかった。


 「その夫婦には双子の赤子がおりましたが……『慈悲』だと言って、街道に放置したそうです」


 「――その子どもたちは」


 クラウディアの声は、わずかに震えていた。


 「我らの手の者が回収、保護しております。特に怪我などはなく、健康です」


 「……そう。子どもたちは無事……良かった……」


 安堵の吐息と同時に、両手が机を叩きつける。

 重々しい音が室内に響き渡り、文書が宙に舞った。


 「愚か者が……」


 地獄の炎すら凍るような冷たさで吐き捨てる声。

 勢い余って傍らのガラスが砕け、赤い雫が手から滴り落ちる。


 その迫力に、普段なら即座に救護に走るタリヤもキミトフもマイルズも、一歩も動けなかった。

 誰もが息を呑み、ただ拳から滴り落ちる赤い雫だけが、静寂を破る音となって響いていた。


 「……遅かった、か」


 低く呟かれた声は、怒りよりも深い悔恨を帯びていた。


 その言葉にさえ、誰一人として返すことができない。

 クラウディアは自身の拳を見下ろし、低く呟く。


 「報告ありがとう。――すまないが、下がってくれ」


 「はっ」


 諜報員は深々と頭を下げ、そっと扉を閉じた。


 長い沈黙ののち、ようやくクラウディアは椅子に腰を下ろした。

 だが空気の重さは、まったく変わらなかった。


 「……マイルズ。すまないが、手当をしてくれないか」


 「はっ」


 マイルズが慌ただしく布を取りに動く。その間、クラウディアは淡々と、しかし絞り出すように言葉を紡いだ。


 「正直、この計画の初めの頃は……王都で民に死人はいくらか出るだろうと予測はしていた。だが……想定以上に上手くいき過ぎたのかもしれんな。死人が出ていないことに、あぐらをかいていたのかもしれん」


 クラウディアの指先から、赤い滴が床に落ちる。


 「愚かだな、私は……詰めを怠ったよ。あと少し……ほんのもう少し、この手を伸ばしていれば……助かった命があったのかもしれない」


 机の上に視線を落とし、長い吐息を漏らす。


 「予測はしていたんだ……だが実際にそうなると……辛いな」


 そして、かすかに笑うように呟いた。


 「……愚か者は、私だよ」


 その言葉を最後に、また長い沈黙が訪れる。

 誰も口を開けず、ただ時が過ぎていった。

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