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 「王国商人ギルド連合、だと……?」


 王都商業ギルド長は不機嫌そうに手紙を握りしめ、椅子の背にどかりと身を預けた。

 燭台の炎が揺れ、積み上げられた帳簿の影を壁に映す。


 無条件での支援は断る――その一文に、彼の眉間は深く歪んだ。

 だが続く文言には「連合会長が直接赴き、話し合いを望む」とある。


 「……ふん。わざわざ出向いて来るか。いい度胸だ」


 唇の端を歪めながら、ギルド長は机を拳で叩いた。


 「連合の会長だかなんだか知らんが……王都の商業ギルドに逆らって、生きていけると思うなよ」


 厚い扉の外には、取り巻きの幹部商人たちが控えていた。

 彼らは顔を見合わせ、誰も声を発しない。

 だがその沈黙すら、ギルド長には服従の証に見えていた。


 「迎えが来たら通せ。相手がどんな小娘だろうと、ここは王都の心臓部だ。力の差を思い知らせてやる」


 そう吐き捨て、彼は豪奢な椅子にふんぞり返った。


 そして王都に連合会長ことクラウディアと一行が到着した。

 彼らは迷うことなく王都商業ギルドへとまっすぐに向かい、その名に違わぬ威容を誇る石造りの建物へと入った。


 すぐさま執務室へと案内された一行。

 クラウディアは何のためらいもなく部屋の中央に据えられた椅子へ腰を下ろす。


 「王国商人ギルド連合会長、クラウディア=フォン=シュトラールだ」


 淡々と名乗るその姿に、王都ギルド長は一瞬耳を疑った。

 嘲るように口角を吊り上げる。


 「ご冗談を。シュトラールの令嬢が、いったいどのようなご要件でここへ?」


 「冗談などではない。私はお前が資金を要求したギルドの代理としてきている」


 「……ほう。であれば、シュトラールが資金を提供してくれるとでも?」


 揶揄するような声色。だがクラウディアは揺るがない。


 「いや、私は資金の提供ではなく、交渉にきたのだ」


 「交渉、だと? といいますと?」


 「資金を提供しない代わりに、ここのギルド長の座をいただきに来たのだ」


 「は?」


 「聞こえなかったのか? ――ここのギルド長の座をいただきに来たのだ」


 執務室の空気が一気に張りつめる。

 ギルド長の額にじわりと汗が浮かんだ。


 「……シュトラールといえども、王都のギルドに手を出して、この先真っ当な商売ができるとお思いで?」


 「資金を提供しないというのは冗談だ」


 クラウディアは静かに指を鳴らす。

 控えていたマイルズが一歩進み出て、厚い帳簿や書簡の束を机上へと並べた。


 「まずはお前に、これを見てもらいたい」


 クラウディアはすっと手を上げると、背後に控えていたマイルズが一歩前に出た。

 整然と積まれた封筒や帳簿が机の上に置かれる。


 「……これは?」


 訝しげに眉をひそめる王都ギルド長。

 クラウディアは微動だにせず、その視線を真っ直ぐに射抜いた。


 「お前が影で行ってきた買い占め、癒着、横流しの記録だ。取引先の署名入り書簡、裏帳簿、倉庫の在庫表、密談の記録まで揃っている」


 ギルド長の手が一枚の帳簿をめくるたびに、顔色がみるみる変わっていく。

 動揺を隠すように椅子の背に寄りかかり、乾いた笑い声をあげた。


 「……でっち上げだ。そんなもの、証拠にはならん!」


 「でっち上げ? ならば王子の御前で確かめてもらおうか」


 クラウディアの声音は冷ややかで、剣よりも鋭かった。

 室内の空気が一気に張り詰め、取り巻きの商人たちの顔から血の気が引いていく。


 「私はここに交渉に来た。だが交渉の余地がないと言うのなら……それもまた一つの答えだ」


 淡々と放たれるその言葉に、ギルド長の喉がごくりと鳴った。


 机に並べられた帳簿や書簡を、王都ギルド長は震える指でめくっていった。

 目を逸らしたい、だが逸らせば即座に敗北を認めることになる。

 冷や汗が額を伝い、襟元を濡らした。


 「……ど、どうしてこれを……」


 掠れた声を吐いたその瞬間、クラウディアが椅子の背から身を起こす。

 氷のような眼差しでギルド長を射抜き、冷徹に言い放った。


 「選ばせてやろう」


 指を一本立てる。


 「そのままギルド長を続ける。ただしこの証拠は王子へ流す。――処刑は免れまい」


 そしてわずかに視線を伏せ、すぐにまた鋭くギルド長を射抜いた。


 「思い出せ。お前自身が王子の御前で言った言葉を」


 ギルド長の喉がごくりと鳴る。


 クラウディアは机上の書簡の一つを指先で叩きながら、淡々と引用した。


 「――『民の苦しみを金に変えるなど、最悪の輩ですな』」


 「『全くだ! もし見つけ次第、即刻打ち首にしてくれる』――とな」


 ギルド長の顔から血の気が引き、手が机の端を掴んで震え出す。


 「その“最悪の輩”が誰であるか、王子に説明するまでもないだろう?」


 もう一本、指が立つ。


 「さて、もうひとつの選択肢は、潔く座を手放すこと。その代わり、王子にはこの証拠を渡さないと約束しよう」


 執務室に重苦しい沈黙が落ちる。

 ギルド長の顔は紙のように青ざめ、椅子の肘掛けを握りしめた拳が小刻みに震えていた。


 クラウディアは微動だにせず、その答えを待つ。

 その表情に慈悲の色は一切なく、ただギルド長からの返答を待つ華麗な令嬢がいた。


 長い沈黙の末、王都ギルド長は肩を落とした。

 額に浮かぶ冷や汗を拭うこともできず、唇を噛みしめながら声を絞り出す。


 「……わかった。ギルド長の座を……手放そう」


 泣く泣く吐き出したその言葉に、クラウディアはわずかに頷いた。


 「よし、交渉は成ったな」


 指先で合図すると、マイルズが一枚の書面を机上に差し出す。

 厚紙にきちんとした筆跡で記された文面。王都ギルド長の目が大きく揺れる。


 「……これは?」


 クラウディアの声は冷ややかで揺らがない。


 「王都商人ギルド長の座を私に譲るという書面だ。もちろん、私から王子には商人ギルド長の名誉を汚すような情報を渡さない旨も記載されている。署名を」


 ギルド長はしばし硬直した。

 だがやがて、観念したように震える手で筆を取る。


 「では今から、私が王都商人ギルドの長だ」


 冷徹に言い放ち、椅子からゆっくりと立ち上がる。


 「旧ギルド長。申し訳ないが、この部屋を一掃するために一旦ギルドから出ていってくれると助かる。それとも――君がこの部屋に残したであろう、まだ未発覚の汚職の履歴などを、そのまま処分せず残しておいたほうがいいか?」


 ギルド長の顔から血の気が引く。

 唇を噛みしめ、声を震わせながら答えた。


 「……処分を……おねがいします……」


 クラウディアは一切笑みを浮かべず、淡々と頷く。


 「旧ギルド長、安心したまえ。書面にサインをした以上、私から王子へ情報が漏れることはない。では――早く出ていきたまえ」


 ギルド長は何も言わず、ふらつく足取りで執務室を出ていった。


 扉が閉まると同時に、張り詰めていた空気が静まり返る。

 クラウディアは書面を机に置き直し、小さく吐息をついた。


 「……しまったな、マイルズ。私から王子に出ることは無いが、いずれ私以外から民衆に渡ってしまうかもしれんな」


 マイルズは一礼し、落ち着いた声で応じる。


 「それは……致し方ないことかと」


 クラウディアはわずかに目を伏せ、苦く笑う。


 「そういえば言ったな。私は全知全能の神ではないと。……どうやら聖人でもないようだ」


 旧ギルド長が執務室を出ていった、その後の足取りを知る者はいなかった。

 城門を抜けたのか、誰かに匿われたのか――あるいは自ら命を絶ったのか。


 いずれにせよ、再び王都の街でその姿を見た者は、一人として存在しない



 その後、クラウディアが王都商業ギルド長に就いてから、市民の不満が収まるのは想定よりも早かった。

 都市を守る兵士たちには差し入れを行い、価格高騰でまともな食事をとれない民には炊き出しを施す。

 各方面に迅速な支援を行ったことで、混乱は目に見えて鎮まりつつあった。


 王都滞在中の前評判に加え、諜報部による世論操作。

 さらには連合からの物資が滞りなく届くようになったことも、安定の大きな要因であった。


 落ち着きを取り戻しつつある窓外の王都を眺めながら、クラウディアは胸の奥で小さく詫びる。


 ――お前たちをここまで追い込んだ責は、私にもある。


 同時に、安堵の吐息が唇から漏れた。


 「……間に合ってよかった」


 もしどこかで歯車が噛み合わず、遅れていれば、いずれ暴動が勃発し、市民に死人が出ていた可能性は非常に高かった。


 クラウディアは静かに瞼を閉じ、心中で言葉を続ける。


 「全てはタリヤ、キミトフ、マイルズ――そして、規律を守ってくれた民のおかげだ」


 その思いと共に再び目を開いた時、執務室の空気は張り詰めたままでありながらも、確かに新しい秩序の幕が下ろされていた。

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