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 執務室の机を囲み、クラウディアの配下たちが報告を進めていた。


 「順調に世論操作が広がっています。王都の兵士が次々と離脱し、我がシュトラール家に新たに雇われる者も多くおります。新たに加わった者については、諜報部で過去の経歴や素行を調べ上げ、虚偽や問題がないことを確認済みです」

 タリヤは記録板を指で叩きながら淡々と告げる。


 「数的には既にこちらが優勢です。仮に全面的な戦いになっても問題はないでしょう。特に長期戦となれば、補給の差で圧倒的にこちらが有利となります」

 キミトフは腕を組み、地図へと視線を落とした。


 「現時点で、王国内の九割の商人ギルドが我が領と契約を交わしております。残っているのは王都のギルドと、遠方のいくつかのみです」

 マイルズは冷静な口調で書類を差し出す。


 机に広げられた地図の上には、王都だけが孤立するように駒が立ち、周囲の領地はすでに倒されていた。


 クラウディアはその光景を一瞥し、毅然と告げる。

 「では、契約を交わした全てのギルド長に手紙を送れ。――シュトラールに招待するぞ」


 「はっ!」

 三人の声が重なり、室内に響いた。




 指定した日程よりだいぶ早く到着する者もいれば、ぎりぎりに駆け込む者もいる。

 王国内の商人ギルドは続々とシュトラールへ集まり、その光景はもはや小さな祭りのようであった。


 初めて足を踏み入れた者たちは、領都の活気と整然とした街並みに唖然とし、

 感嘆の声を漏らす者もいれば、興奮のあまり街中へ駆け出す者もいた。

 冷静に周囲を観察し、商機を探す者も少なくない。


 そして当日。

 賓客を迎えるために整えられた大きな会議室には、シュトラール領都の商人ギルド長がにこやかな笑みを浮かべ、次々と到着する同業者たちを迎えていた。


 やがて招待された全員が席につき、最後に領都の商人ギルド長が入室する。

 従者が静かに扉を閉めると、先ほどまで隣同士で談笑していた者たちも次第に口をつぐみ、室内は徐々に静けさを取り戻していった。


 領都の商人ギルド長が一歩前に出て、朗々と告げる。

 「これより――シュトラール家公爵、クラウディア=フォン=シュトラール様がご入場なさる。皆様、ご起立を」


 椅子の音が一斉に響き、全員が立ち上がる。

 その視線が集まる先、会議室の正反対に位置する両開きの大扉が重々しく開かれた。


 白壁に揺れる燭台の光を背に、クラウディアがゆるやかな足取りで姿を現す。

 鋭さと威厳をまといながらも、表情はあくまで穏やか。


 「皆様、本日この場に集まってくださったこと、心より感謝申し上げます。遠方よりお越しくださった方も、近隣から駆けつけてくださった方も、まずはそのご厚意に深く御礼を申し上げます」


 クラウディアは一歩進み出て、静かに頭を下げた。

 その仕草に合わせて、会場の空気がぴんと張り詰める。


 「道中の疲れもあるでしょう。どうぞお掛けになり、くつろいでお話をお聞きください」

 彼女の促しに従い、重い椅子が一斉に戻され、ざわめきが収まっていく。


 「まず申し上げたいのは――ここにお集まりの皆様はすでに私と情報共有の契約を結ばれた方々である、という事実です」

 クラウディアは会場をゆっくりと見渡し、言葉を重ねる。


 「皆様の協力のおかげで、これまで一切の情報漏洩はございませんでした。誠にすばらしいことです」


 軽く息を置き、彼女は続ける。

 「おそらく、先ほど隣席の方々と話すうちにお気づきの方もいらっしゃるでしょう。今、皆様の左右・前後に座しておられるのは――各々の領地に隣接する商人ギルドの長たちです」


 視線を交わす者たちの間に、わずかな驚きと緊張が走る。


 「私が求めることは一つ。今後はどうか近隣の仲間とも情報を共有し、商人の安全を、流通の安定を、そして民の安寧を――自らの手の届く範囲で守っていただきたい」


 声に熱を込め、さらに言葉を重ねる。

 「そしてもう一つ。皆様が“善き隣人”となり、困った時には互いに助け合える環境を築き上げていただきたいのです」


 クラウディアの瞳が会場の隅々までを射抜く。


 「もし、これに反対がないのであれば――本日をもって『王国商人ギルド連合』を結成したいと考えています」


 「この連合は、シュトラール家が代表として取りまとめ、総力を挙げて皆様を支援いたします」


 その瞬間。

 会場には言葉を失ったような沈黙が広がった。

 誰もが視線を交わし、互いの胸中を探り合う。


 長い沈黙の後、一人のギルド長がそっと手を挙げた。

 弱小ギルドとして知られる、小柄な初老の男である。


 「……我々のような小規模のギルドでも、対応が難しい案件に関しては支援をいただける――その理解で間違いございませんか?」


 クラウディアは即座に頷き、明快に答えた。

 「はい。規模の差を利用した無理な相談が持ち込まれた場合、我々が矢面に立ちましょう。同規模の間で問題が起きた際も、私どもが間に入り仲裁を行います。……皆様も過去に、あるいは現在進行形で、思い当たる件があるのではないでしょうか。もしそうでしたら――どうぞ挙手を。この場で詳細をお尋ねすることはいたしません」


 ざわめきとともに、次々と手が上がった。

 半数を超える数の手が、会場の空気を重くする。


 「……ありがとうございます。手を下ろしていただいて構いません。やはり皆様の中にも、似たようなご経験をお持ちの方が多いのだと改めて感じました」

 クラウディアの言葉に、商人たちは互いに目をそらした。


 その中で、一人が再び手を挙げる。

 王都付近の中規模ギルドの長だ。

 「もし仮に、王命であっても――その矢面に立つと仰るのですか?」


 「もちろんです」

 クラウディアの声は微塵も揺らがなかった。


 しかし別のギルド長が声を上げる。

 「……しかし、王命だぞ。いかにシュトラール家が発展しているとはいえ、王家に歯向かったらどうなるか……」


 会場に不安のざわめきが広がる。

 クラウディアはそれを見渡し、穏やかに微笑んだ。


 「無理もありません。私のような若輩者が『支援する』と申し上げても、皆様が不安を抱くのは当然のことです」


 そして、ゆるやかに片手を掲げる。

 「ですから――この連合を支えるために、私の他にすでに協力を約束してくださっている方をご紹介しましょう」


 クラウディアが静かに言葉を結んだその瞬間、彼女の背後に位置する両開きの大扉が、重々しい音を立ててゆっくりと開かれていった。

 会場の空気がざわめき、視線が一斉に扉の奥へと吸い寄せられる。


 「――我が名はアウレリウス=ティルフォード。ティルフォード港国を治める王である」


 低く響く声に、場内の商人たちが思わず息を呑んだ。


 全員が呆然と立ち尽くす中、最前列にいた一人のギルド長が震えるように膝をつく。


 その姿を見た途端、堰を切ったように隣の者も、さらにその隣も、次々と膝をついた。

 やがて連鎖反応のごとく広間全体に広がり、豪奢な椅子の列の間で、全員が勢いよく床にひざまずいていた。


 「……よい」

 アウレリウス王は低くも穏やかな声で告げる。

 「ここはクラウディア嬢の場である。――皆、座ってくれたまえ」


 その一言に、商人たちは互いに顔を見合わせ、恐る恐る椅子へ戻っていった。


 アウレリウスがふと横を見やると、クラウディアまでもが深く頭を垂れていた。

 「よいよい、クラウディア嬢。顔をあげてくれ。……これでは私がやりづらいではないか」


 王が令嬢に気をかける様子に、商人たちは息を呑んだ。

 一国の王が一公爵令嬢へ向けて、まるで娘のように言葉をかける――その異例の光景に、場の空気が一層引き締まっていく。


 アウレリウス王は改めて会場を見渡し、威厳をもって告げた。

 「さて、皆の者、よく聞け。この王国商人ギルド連合を支援するクラウディア=フォン=シュトラール。その背後には、このアウレリウス=ティルフォードが付いている。もしクラウディア嬢の言葉だけでは信頼できぬと感じるのであれば――私が保証しよう。この連合が成った暁には、必ず規律をもって平等に、皆を導くであろうと」


 その堂々たる姿に――かつて病に伏し、起き上がることもままならなかった頃の面影は、もはやどこにもなかった。


 言葉を締めたのち、王はちらりとクラウディアを見やり、小声で漏らした。

 「……これくらいでよいか?」


 クラウディアは静かに小さく頷く。


 「では――」

 言うべきことを言い終えると、アウレリウス王は一切の迷いなく踵を返す。

 両開きの扉が再び閉ざされたとき――会議室には静寂と、王の残した威光だけが満ちていた。


 クラウディアは一歩前へ進み、澄んだ声で問いかける。

 「皆様、いかがでしょうか。……これでも、まだ私の言葉では足りないと感じられる方がいらっしゃれば、どうぞ挙手をお願いいたします」


 しかし、広間に手を上げる者は一人としていなかった。

 ただ沈黙が、揺るぎない同意を示すかのように満ちていく。


 「では――この度、私の提案いたしました『王国商人ギルド連合』の結成に賛成くださる方は、どうか挙手を」


 次の瞬間。

 言うまでもなく、会場のすべての腕が一斉に高く掲げられた。


 クラウディアは深く頷き、その眼差しを強く光らせる。

 「……承知いたしました。――では本日ここに、『王国商人ギルド連合』の結成を宣言いたします」



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