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やがて王都では、市民たちが王室の贅沢に抗議する署名活動を始め、次々と嘆願書を役所に送りつけるようになった。
だがそうした動きも何ら効果を上げることはなく、物価はじわじわと上がり続けていく。
ついには街の広場に抗議の列が伸び、声を揃えて不満を叫ぶ人々で埋め尽くされるようになっていた。
市民の熱が高まるほどに、街を警護すべき兵士の数は逆に減っていった。
給金の遅れや食糧不足に耐えかねて、故郷へ戻る者、病気を理由に休む者が少しずつ増えていったからだ。
残された兵士たちもまた疲弊し、盾を構える腕に力がこもらない。
王都の空気は、抗議の熱気と兵の衰えとが正反対に広がっていく、不安定なものとなっていった。
その不穏な気配は、ついに王宮の奥深くにも届き――。
――玉座の間。
宰相は深刻な面持ちで進み出ると、膝をついて進言した。
「殿下。穀物も塩も値が高騰し、庶民の暮らしは逼迫しております。街の一部では抗議を行う集団が現れ、いずれ暴徒と化す恐れも……。――舞踏会を催しておられる場合ではございません」
王子ウィリアム=フォーレンは頬杖をつきながら、うんざりしたように視線を宰相へ向ける。
「婚約者のために必要な費用だ。しかし抗議だと? 一応、塩や食物は王都に入ってきているのだろう?」
「確かに入ってはおりますが、市場に流通しておりません」
宰相は汗を拭い、低く答える。
「……商人ギルド長を呼べ」
王子の短い命に、侍従が慌ただしく広間を走る。
やがて重い扉が開き、ギルド長が姿を現した。
現れたギルド長は、慌ただしく駆け込むように進み出た。
額にはにじむ汗を拭う暇もなく、息を整えながらも深々と頭を下げる。
「宰相、説明せよ」
王子は不機嫌さを隠さず、手をひらひらと振った。
「……はい、物資そのものは王都に入ってきている。だが市場に流れてこないせいで、物価が高騰し民が騒いでいるという話だ。――ギルド長、お前は何か知っているか?」
宰相の問いに、ギルド長は眉をひそめ、重々しく答える。
「私も必死に近隣の領地から物資をかき集めておりますが……原因が分からず困っております」
「宰相、何か見当は?」
王子は苛立たしげに椅子に背を投げ出した。
宰相はしばし迷った末に、静かに口を開いた。
「王都内の流通の途中で物資が滞っているやもしれません。あるいは、一部の商人が買い占めている可能性などが……」
「なんと! そんな不届き者が……許せん!」
王子は最後の言葉しか耳に入っていなかったのか、勢いよく立ち上がり、拳を握りしめた。
「民の苦しみを金に変えるなど、最悪の輩ですな」
ギルド長が言葉を添えると、王子は大きく頷く。
「全くだ! もし見つけ次第、即刻打ち首にしてくれる。――で、宰相、対策はあるのか?」
宰相は考え込んだあと、言葉を選ばずに進言する。。
「国内で最大規模でもある公爵家、シュトラールに援助を求めるのが最善かと」
王子は顔をしかめ、大げさに手を振った。
「却下だ! あの女とは目も合わせたくない!」
宰相は肩を落とし、重々しい声で言った。
「……では、グラーツェルや近隣領地、あるいは他国に援助を求めるほか……もはや手はございますまい」
王子はふと顎に手を当て、にやりと笑みを浮かべた。
「他国……ふむ……そういえば婚約者が海を見たいと申していたな。よし、舞踏会は中止だ。今から外交に出るぞ!」
「ティルフォード港国へ……ですか。しかし殿下、外交にも費用がかかります」
宰相は声を強め、食い下がる。
「そこは心配無用だ。ギルド長、すぐに金を用意せよ」
王子の視線が鋭く突き刺さる。
「ええ、問題ございません」
ギルド長は平静を装って答えた。
会談を終え、王子らが広間を去ると、商人ギルドの執務室に戻ったギルド長は机に両手を叩きつけた。
「……クソッ、あのバカ王子め。馬鹿ゆえに操りやすいと思ったが、あそこまで愚かだと逆に何をしでかすか分からん。近隣のギルドからの入金には時間がかかるというのに……今から外交だと?」
ギルド長は乱暴に椅子へ腰を下ろし、額の汗をぬぐった。
「なぜ私が身銭を切ってまで奴に金を渡さねばならんのだ。しかし、他に手はない……一時的な損など、商人として呑んでやるしかあるまい」
机の上に積まれた帳簿へ視線を走らせ、ギルド長は唇を歪める。
「それに――買い占めている物資をどうするか、だ。万一バレれば面倒になる。……いや、逆に外交に出てくれるのは好機かもしれん。限界まで引きつけて、王子が戻る前に売り尽くしてしまえばいい」
嗤いを漏らしながら、ギルド長の目には冷たい光が宿っていた。
苛立ちまぎれに帳簿をかき分けた際に滑り出てきたであろう、一通の封書が目に入った。
濃い蝋で厳重に封じられた封筒には、重々しい筆致でこう記されている。
《王国商人ギルド連合》
ギルド長の眉がわずかに動き、視線が封書に釘付けとなった。




