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 「やはり君は何でも似合うな。……あの愛想もないクラウディアとは大違いだ」

 王子ウィリアム=フォーレンは、誇らしげに婚約者の肩を抱き寄せた。


 「まあ、王子ったら……お口がお上手ですこと」

 新しい婚約者はわざとらしく頬を染めつつも、視線は宝石箱へと吸い寄せられている。


 「これほどの美貌には、最高の宝がふさわしい」

 甘い言葉に、彼女は恍惚とした微笑を浮かべた。


 「……殿下」

 囁くような声音に、王子の気分はさらに高揚していく。


 「宝石商よ! この品、すべて貰おう!」


 「は、はいっ。光栄にございます、殿下」

 宝石商は慌てて深々と頭を下げたが、その背中は固く強張っていた。


 「それと……ギルド長!」

 王子は軽やかに声をかける。

 「最近、財務を担当している者が困っているらしい。すまないが、またいくらか融通してくれ」


 「……かしこまりました」

 商人ギルド長は恭しく応じ、しかしその目の奥に苛立ちの光を隠しきれなかった。


 「何度も悪いな。ただ――お前のように話の分かる者がいて助かっておる。誇りに思え」

 王子は満足げに笑みを残し、軽い足取りで退室していく。


 王子が退室すると、広間に沈黙が落ちる。

 やがて、ギルド長は舌打ちを漏らした。

 「ちっ……支払いはいつも遅れるくせに、偉そうに命じおって」


 彼は隣の宝石商に顔を寄せ、低く囁く。

 「おい。王子に紹介してやったのは、この俺だ。……分かっているよな?」


 「い、いくらでしょうか」

 宝石商は恐る恐る問い返す。


 「一割だ。一割よこせ」


 「そ、それは横暴では……」


 「お前のところの手数料を上げるのと、一割払うのと、どっちがマシだ?」

 ギルド長の声は冷たく、逃げ道を許さぬ圧を帯びていた。


 宝石商は顔を引きつらせながら、うなだれる。

 「……払います」


 「ははっ。最初からそうしておけばいいんだよ」

 ギルド長は鼻で笑い、ゆったりと背もたれに身を預けた。


 満足げに立ち上がると、上機嫌のまま王都の商人ギルドへと戻っていく。

 石造りの建物の奥、重厚な扉を押し開けば、そこは彼専用の執務室であった。


 帳簿を抱えた従業員が、遠慮がちに足を踏み入れた。

 「失礼いたします……ギルド長。穀物や塩の値段が、ここ半年で急騰しております。市井の者からも不満が多く……生活が圧迫されているとの声が……」


 「分かっておる。私に任せておきなさい」

 ギルド長は鷹揚に手を振り、すでに予想していたかのように微笑を浮かべた。


 「それと――王子から、また融資の依頼が届いております」


 従業員は言い淀む。

 「ギルドとしても、さすがに財源が厳しく……」


 「わかった、わかった」

 ギルド長は机を指でとんとん叩き、ふてぶてしい笑みを深める。

 「近隣の商人ギルドに支援を仰ごう。王都商人ギルド宛てに資金を差し出すよう、文を送っておく」


 「お、お願いいたします……」

 従業員は深々と頭を下げ、帳簿を抱えて部屋を出ていった。


 重い扉が閉じるのを待って、ギルド長はゆるりと椅子に身を預ける。

 「……断るようなら、王都との交易を禁じれば済む話だ」


 ギルド長は何かを思い出したかのように、にやりと口角を吊り上げ、低く嗤う。

 「急騰か……ふん。なにを隠そう、穀物を買い占めているのはこの私よ。もう少し市民が飢えたところで――売り時、というわけだ」


 豪奢な椅子に深く腰を沈め、腹の底から嗤い声を漏らした。


 ――その夜。


 王都兵舎近くの酒場は、夜ごと兵士たちの愚痴で満ちていた。


 「まったく……今月も給金が遅れてるじゃねぇか」

 「先月なんて半分しか出なかったぞ。家にゃ子供もいるってのに……」

 「戦うよりも、腹を満たす方が難しいとはな」


 荒れた笑い声の向こうで、まだ若い兵士と、その隣に座る男が低く話していた。


 「おい……おまえ、せっかく華の王都の兵士になったってのに、それだけしかもらえてないのか?」

 「ほんとだよな……なにやってんだろ、俺」

 「将来どうするんだよ。こんなんじゃ食い扶持も続かねえだろ」

 男は苦笑し、わざとらしく酒杯を傾けた。

 「もうお前も、シュトラールに戻って来いよ。あそこじゃ給金が遅れるなんて聞いたこともねえ」


 新入りは俯き、拳を握りしめる。

 「……俺だって聞いたことねぇよ」


 「しかもな、今日の俺の昼代に銀貨一枚とかありえないだろ。向こうじゃ酒つけてもお釣りが来るぞ」

 「まじか~」

 「ははっ、今日の酒ぐらいは奢ってやるさ。……別の店に行こうぜ」


 二人は自然な様子で席を立ち、肩を並べて酒場を出ていった。


 だがその会話は、しっかりと周囲の兵士たちの耳に残っていた。

 聞き耳を立てていた者が、ふと顔を上げる。

 「……やっぱり、そうなのか」

 「王都よりマシって噂は、どうやら本当らしいな」


 酔いどれの兵士たちは誰も気づかない。

 ――あの若い兵士も、その友人も。

 どちらもクラウディアの諜報網に属する者であることを。

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