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 王からの意外な発言はあったものの、その後の調印は波乱もなく進み、すべては滞りなく終わった。

 やがて日を重ね、ついにティルフォードを出国する日が訪れる。


 港には王子アレックスが自ら姿を見せ、最後まで国賓としての礼を尽くしていた。

 「父上も見送りに参りたいと申していたのだが……医師が必死に制してな。流石に無理だった」

 そう言って苦笑を浮かべるその姿に、クラウディア一行は深く一礼を返した。


 やがて船は港を離れ、帆を大きく張って沖へと出る。

 ティルフォードの白壁と高台の館が、波間に揺れながら次第に小さくなっていった。


 クラウディアはふと隣のマイルズを見やり、首をかしげる。

 行きの航海で散々苦しんでいた彼が、今は落ち着いた顔で海を眺めていたからだ。


 「……不思議ね。今回は酔っていないの?」


 「ええ。仲良くなった医師から、特製の酔い止めをいただきまして。――効き目は抜群のようです」


 マイルズは苦笑を浮かべつつも、心なしか誇らしげに答えた。




 海は荒れることなく、船は穏やかに進み、順調にシュトラールへと向かっていく。

 そうして長い船旅を経て、領都に戻る頃には出立した時の季節は過ぎ去り、街並みはすでに新しい彩りをまとっていた。

 見慣れた城壁と屋根が視界に広がった瞬間、一行はようやく帰ってきたのだと実感する。




 船を降り、馬車に乗り込む。

 かつて出立の朝に通った道を、今度は逆向きに辿っていった。

 窓の外に広がる景色は同じはずなのに、季節の移ろいが加わり、かつてとは違う表情を見せている。

 ――そのすべてが、今は懐かしく、そして温かく映った。




 やがて館へと到着すると、クラウディアは玄関前で立ち止まり、一同を振り返った。

 「長い間、ご苦労さま。――今日くらいはゆっくり休んでちょうだい」


 それぞれが深々と一礼し、散っていく。

 クラウディアは静かに館へ足を踏み入れた。


 館の中では使用人たちが整列し、彼女の帰還を待ち受けていた。

 「おかえりなさいませ」

 執事が一歩前に出て恭しく頭を下げる。

 「ご不在の間、大きな問題はございませんでした。書類はすべて整理し、執務室の机に置いてあります」


 「ありがとう。すぐに確認するわ」

 クラウディアは軽く微笑み、執務室へ向かった。


 扉を開けると、机の上には整理された書類が整然と積まれている。

 遠征の間にも届いた報告書の束が、静かに彼女を待っていた。


 ただ一つ――大きな地図を広げ、駒を並べたままの机だけは、出立した時と変わらず残されていた。

 シュトラール領、グラーツェル、そして近隣のいくつかを示す駒は、すでに倒されたままの状態である。


 クラウディアは報告書に目を走らせ、一枚ずつ丁寧に確認すると――指先で駒を静かに倒す。




 ひとつ



 次の報告書に目を走らせ、




 またひとつ




 さらに次をめくり、




 またひとつ




 部屋には、駒が倒れる乾いた音だけが響いていた。




 倒された駒の下の地図には、すべてこう記されている。




 ――商人ギルド――

ようやく最終章突入です。

がんばります。


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