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 この一件を機にクラウディア一行は、つい先日までの監視付きの軟禁から一転、国賓並みの待遇を受けることとなった。

 国王や国家主席ならまだしも、公爵家の令嬢がこれほどの扱いを受けるのは、きわめて異例のことである。


 案内されたのは王宮内の離宮だった。

 白い壁と彫刻を施した回廊に囲まれた館は、上階の窓辺からティルフォードの海を一望できる。

 太陽の光を受けて煌めく群青の水面には、大小さまざまな帆船が行き交い、港国の繁栄を物語っていた。


 クラウディアは窓辺に立ち、しばし無言でその光景を眺める。

 やがて背後からタリヤの声が明るく響いた。

 「いやぁ~、監視されてた頃に比べたら天と地っすね!」

 タリヤが両手を広げて声を弾ませる。


 「……流石に今回は肝が冷えました。あまり無茶はなさらぬように」

 キミトフが低く言葉を落とす。


 「生きた心地がしませんでしたよ」

 マイルズは淡々としながらも、わずかに肩をすくめて吐き出した。


 クラウディアは三人の視線を受け止め、穏やかに微笑んで小さく息をついた。


 「申し訳なかったわね。――でもマイルズ、あなたに任せても駄目だったのなら、私も諦めがつくわ」

 クラウディアが静かに言葉を重ねる。


 「最悪のケースでも、周囲の人間からある程度クラウディア様の居場所は把握してたっすけどね~」

 タリヤは明るく笑って肩を竦める。


 「……準備は出来ていた」

 キミトフが短く、しかし力強く言い添えた。


 クラウディアは三人を見渡し、ふと柔らかな笑みを浮かべる。

 「でもね、私は少し自慢したかったのかもしれないわ。私の領には、これほど優秀な人間がいるんだって」


 「……クラウディア様」

 マイルズは思わず言葉をのみ込み、胸に熱を宿したように名を呼んだ。


 クラウディアは三人を順に見渡し、静かに微笑む。

 「わがままに突き合わせちゃって……本当に申し訳ないわね、みんな」


 その言葉に、しばし誰も返さなかった。

 胸の奥に沁み入るものを抱え、それぞれが言葉を探しあぐねている。

 張り詰めていた日々を共に越えてきたからこそ、ただの謝意ではない主の想いが伝わり、三人の表情にわずかな感慨が浮かんだ。


 「クラウディア様が謝ることなんて無いっすよ。もしマイルズが失敗してたら――そんときはマイルズの責任っす。男らしく責任とってもらうっす!」

 タリヤは、わざと声を張り上げるようにして笑い飛ばした。

 いつもより勢いのある調子に、沈みかけた空気が一気に軽くなる。


 「……ふっ。そうだな。珍しく同感だ。マイルズの責任かもしれん」

 キミトフもわずかに口元を緩め、珍しく軽口を返した。


 「お、お前ら……! 俺がどれだけ苦労したと思ってるんだ!」

 マイルズは顔を紅潮させ、わなわなと肩を震わせる。


 クラウディアはそんな彼を見やり、涼しい顔で言った。

 「あら、キミトフもそう言うのなら、そうなのかしらね?」


 「く、クラウディア様!?!?」

 マイルズの絶叫が離宮の広間に響き渡り、場は思わず笑いに包まれた。


 束の間の笑い声が、潮風に流されティルフォードの海に溶けていった。




 その後の日々は、慌ただしくも充実したものとなった。


 交易を結ぶための書面の細部を詰める会合に臨む一方で、王室専用の白砂の浜辺では潮風を受けながら心を休めるひとときもあった。

 宮中の晩餐会に招かれては、港国ならではの海鮮料理を存分に味わい、タリヤが目を輝かせて皿を空にしていく姿に、場が思わず和むこともあった。

 その合間には、マイルズが医師たちに捕まって質問攻めに遭いながらも冷静に応じる姿もあった。




 ――そうして準備は整えられ、ついに公約を結ぶ日が訪れた。




 一行は案内を受けて謁見の間へと向かい、重厚な扉が開かれる。

 そこにはすでに王と王子が待ち受けており、その傍らには医師の姿もあった。


 クラウディアたちは膝をつき、恭しく頭を垂れる。

 「恩人に膝をついてもらう必要はない。――どうか楽にしてくれ」

 王が笑みを浮かべて手を振ると、一行は顔を上げ、姿勢を正して立ったまま控えた。


 「この日だけは、医師に無理を言ってここまで運ばせてもらったのだ」

 王は穏やかに息をつきながら告げる。


 クラウディアは一礼し、落ち着いた声で応じた。

 「以前お会いしたときより、大分ご様子が良いようで、安堵いたしました。――ですが、どうか無茶はなさらぬよう」


 「まだ安静にしていろと言っても、まるで聞き入れられないのです」

 隣のアレックスが苦笑交じりに言葉を添える。


 「ははは……堅苦しいことを言うな。今日は祝いの日だ」

 王は声を張り、その笑いには往年の力強さが宿っていた。


 そして手を上げ、文官に目を向ける。

 「――書面を持て」


 差し出された書面に王は目を通し、さらりと内容を確認すると口を開いた。

 「要するに……我が国から王国への交易は、すべてシュトラール領を経由する。――そういうことで間違いないな?」


 「はい、間違いございません」

 クラウディアは毅然と答えた。


 「ふむ。だが、これではあまりに安すぎるな。……今なら息子をつけてもよいが?」

 王は豪快に笑い、隣のアレックスが思わず咳き込む。


 「……ご冗談を」

 クラウディアは一礼しつつも、わずかに口元を引き締めた。


 「では――何か他に希望はあるか?」

 王の問いに、クラウディアは即座に応じる。


 「可能であれば、造船に通じた技術者を派遣していただきたいと存じます。その代わりに、こちらからは医術に精通した者をティルフォードに派遣するか、あるいは我が学院にて希望者を受け入れる用意がございます」


 「はははは! 希望を聞けば、逆に差し出してくるとは……面白い!」

 王は愉快そうに笑い、その声には覇気が宿っていた。


 「アレックスよ、よく聞いておけ。国とは、民の命が織りなす大河のようなものだ。一滴を疎かにすれば、やがて大河そのものが枯れてしまう

 病を癒す術は、ただ一人を救うにとどまらぬ。――その命が未来を紡ぎ、国を支えるのだ」


 王の視線がクラウディアへと移る。

 「そしてこの令嬢は、その『病を癒す術』を渡す代わりに、我が国の船を求めたのだ。……医術は国を支えるほどに大切な技であるというのに、それと引き換えに船を寄こせとは――ふはははっ、愉快ではないか!」


 王は鋭く声を張り上げた。

 「――宰相!」


 呼ばれた文官が慌てて一歩前に進み出る。


 「余が生きている間は、全面的にシュトラールを支援する。……このこと、しかと記録に残せ」


 広間にざわめきが走り、クラウディア一行も思わず目を見開いた。


 王は一同の反応を見渡し、低く力強い声を重ねる。

 「前にも申したはずだ。――王の命は、決して安いものではないとな」


これでティルフォード編は一区切りとなります。

多くの方にリアクションやブクマで支えていただき、感謝しかありません。

ここから先は物語も中盤から後半へ――どうか一緒に歩んでいただければ幸いです。

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