19
「シュトラール公爵とその従者は――そこの者を除き、王宮内の別棟に移して監視下に置け。互いに通じぬよう、それぞれ別の部屋に分け、必ず監視を付けよ。その者は父上の経過観察に残す」
アレックスは、ちらりとクラウディアへ視線を向けた。
表情を崩さぬ彼女は、ただ静かに命令を受け入れている。
――従うふりか、本心からか。
「――連れて行け」
命令に従い、兵たちがマイルズを除いたクラウディアの一行を、音もなく分け隔てて連れ出していく。
重い扉の閉まる音が、ひどく冷たく響いた。
翌日。
王子は朝一番に父の様子を確かめさせた。
だが報告は、昨日と変わらぬ病状を伝えるばかりだった。
やはり意味などなかったのか。
胸の奥で不快なざわめきが広がっていく。
これは奇跡を期待した自分への絶望なのか、それとも愚かな判断を下した自分への怒りなのか――。
答えはどこにもなく、王子自身すらそれを定められなかった。
執務机に置かれた書状へ視線を落とすが、文字は霞んで頭に入ってこない。
自分が背負わねばならぬ責務の重さと、頼るもののなさが、ずしりと肩にのしかかってくる。
(このままでは……)
思考の先を結ぶことができず、アレックスは震えを抑えるように両手を重ねた。
それから数日間、報告はほとんど変わらなかった。
王の容態は悪化もせず、かといって目に見える回復もない。医師たちは「これ以上の進行は止まっている」と口を揃えるが、それが安心をもたらすには弱すぎた。
献身的に世話をしているのは――やはりマイルズだった。
公爵家の従者として当然と言えば当然だが、驚くほど細やかに、王の身の回りを取り仕切り、医師からも「助かっている」と評されていた。
城壁のような男、キミトフは必要な時以外ほとんど動かず、戦場に根を下ろした獣のように座していると報告にある。
監視役の兵ですら「一度も気配を緩めない」と息を呑むほどだ。
笑みを絶やさぬ道化のような女、タリヤは……監視の中でも妙に元気に動き回っていた。
軽口を飛ばし、兵とすら笑い合ってみせる。
だが一度だけ視線が交わったとき、アレックスはその奥底に暗い影のようなものを感じてしまった。陽気さで覆い隠しながら、底に潜むものがある――そう直感させられた。
そしてクラウディア=フォン=シュトラール。
彼女はただ一貫して冷静だった。
取り乱すこともなく、監視を不快がるでもなく、むしろ何かを待っているかのように、落ち着き払って過ごしている。
その沈黙が、かえってアレックスの胸を締めつけた。
だが、その重苦しい日々は思いのほか早く破られた。
数日は変化のない報告ばかりだったが、やがて七日目に入る頃、医師たちの口から初めて前向きな言葉が洩れた。
「殿下、陛下の顔色が幾分戻っており、出血も治まりつつあります」
改善の兆し――。
その報告を聞いた瞬間、アレックスの胸を焦がしていた不安は、わずかに和らいだ。
しかし、すぐに脳裏には、まだ床に伏し続ける父の姿がよみがえる。
安堵と焦燥が胸の奥でせめぎ合い、落ち着く間もない。
それでも――父が回復することを願う気持ちだけは、どうしても抑えられなかった。
そして、その希望がかなったのは、思ったよりも早かった。
改善の兆しの報告を受けてから、さらに数日後には父が自ら食事を口にするようになった。
匙を運ぶ手はまだ覚束ないが、完食したと聞かされたとき、アレックスは胸が震えるのを抑えきれなかった。
その翌日には、声に力が戻った。
「……水を」
掠れていた声がはっきりと響き、従者が慌てて盃を差し出す。たったそれだけのことが、王子には大きな一歩に思えた。
さらにその次の日には、支えを借りながらも自ら体を起こし、寝台から椅子に移ることができた。
医師は「快復は確かです」と繰り返し、明るい表情を隠そうともしない。
日に日に父の顔色は冴え、瞳には王としての光が戻りつつある。
アレックスは安堵に息をつきながらも、その裏の胸の奥には新たな重みが生まれていた。
そして――とうとうその日がやってきた。
王が、自らの足で立ち上がったのだ。
従者の肩を借りながらではあったが、ゆっくりと寝台を離れ、数歩を踏み出す。
その光景を前に、医師も兵も思わず息をのんだ。
「……父上……」
アレックスの胸に、熱いものが込み上げてくる。
わずかな距離を進んだだけ――それでも、この一歩こそが何よりの証だった。
王が再び歩みを取り戻したという事実が、王宮に張り詰めていた空気を一変させる。
誰もが顔を見合わせ、沈黙の中に確かな安堵が広がっていく。
アレックスが胸を震わせる中、王は椅子に腰を下ろすと、荒い呼吸を整えながら視線を巡らせた。
やがて、細めた瞳が一人を捉える。
「……その者よ……」
掠れてはいるが、確かな力を帯びた声だった。
「よく……ここまで世話をしてくれた。お前の献身があったからこそ、こうして立っている」
静まり返った室内に、その言葉が染み渡る。
マイルズは深く頭を垂れ、返答を飲み込みながら、ただ「はっ」と短く応じた。




