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 「シュトラール公爵とその従者は――そこの者を除き、王宮内の別棟に移して監視下に置け。互いに通じぬよう、それぞれ別の部屋に分け、必ず監視を付けよ。その者は父上の経過観察に残す」


 アレックスは、ちらりとクラウディアへ視線を向けた。

 表情を崩さぬ彼女は、ただ静かに命令を受け入れている。

 ――従うふりか、本心からか。


 「――連れて行け」


 命令に従い、兵たちがマイルズを除いたクラウディアの一行を、音もなく分け隔てて連れ出していく。

 重い扉の閉まる音が、ひどく冷たく響いた。




 翌日。

 王子は朝一番に父の様子を確かめさせた。

 だが報告は、昨日と変わらぬ病状を伝えるばかりだった。


 やはり意味などなかったのか。

 胸の奥で不快なざわめきが広がっていく。

 これは奇跡を期待した自分への絶望なのか、それとも愚かな判断を下した自分への怒りなのか――。

 答えはどこにもなく、王子自身すらそれを定められなかった。


 執務机に置かれた書状へ視線を落とすが、文字は霞んで頭に入ってこない。

 自分が背負わねばならぬ責務の重さと、頼るもののなさが、ずしりと肩にのしかかってくる。


 (このままでは……)


 思考の先を結ぶことができず、アレックスは震えを抑えるように両手を重ねた。




 それから数日間、報告はほとんど変わらなかった。

 王の容態は悪化もせず、かといって目に見える回復もない。医師たちは「これ以上の進行は止まっている」と口を揃えるが、それが安心をもたらすには弱すぎた。


 献身的に世話をしているのは――やはりマイルズだった。

 公爵家の従者として当然と言えば当然だが、驚くほど細やかに、王の身の回りを取り仕切り、医師からも「助かっている」と評されていた。


 城壁のような男、キミトフは必要な時以外ほとんど動かず、戦場に根を下ろした獣のように座していると報告にある。

 監視役の兵ですら「一度も気配を緩めない」と息を呑むほどだ。


 笑みを絶やさぬ道化のような女、タリヤは……監視の中でも妙に元気に動き回っていた。

 軽口を飛ばし、兵とすら笑い合ってみせる。

 だが一度だけ視線が交わったとき、アレックスはその奥底に暗い影のようなものを感じてしまった。陽気さで覆い隠しながら、底に潜むものがある――そう直感させられた。


 そしてクラウディア=フォン=シュトラール。

 彼女はただ一貫して冷静だった。

 取り乱すこともなく、監視を不快がるでもなく、むしろ何かを待っているかのように、落ち着き払って過ごしている。

 その沈黙が、かえってアレックスの胸を締めつけた。




 だが、その重苦しい日々は思いのほか早く破られた。

 数日は変化のない報告ばかりだったが、やがて七日目に入る頃、医師たちの口から初めて前向きな言葉が洩れた。


 「殿下、陛下の顔色が幾分戻っており、出血も治まりつつあります」


 改善の兆し――。


 その報告を聞いた瞬間、アレックスの胸を焦がしていた不安は、わずかに和らいだ。


 しかし、すぐに脳裏には、まだ床に伏し続ける父の姿がよみがえる。

 安堵と焦燥が胸の奥でせめぎ合い、落ち着く間もない。


 それでも――父が回復することを願う気持ちだけは、どうしても抑えられなかった。




 そして、その希望がかなったのは、思ったよりも早かった。




 改善の兆しの報告を受けてから、さらに数日後には父が自ら食事を口にするようになった。

 匙を運ぶ手はまだ覚束ないが、完食したと聞かされたとき、アレックスは胸が震えるのを抑えきれなかった。


 その翌日には、声に力が戻った。

 「……水を」

 掠れていた声がはっきりと響き、従者が慌てて盃を差し出す。たったそれだけのことが、王子には大きな一歩に思えた。


 さらにその次の日には、支えを借りながらも自ら体を起こし、寝台から椅子に移ることができた。

 医師は「快復は確かです」と繰り返し、明るい表情を隠そうともしない。


 日に日に父の顔色は冴え、瞳には王としての光が戻りつつある。

 アレックスは安堵に息をつきながらも、その裏の胸の奥には新たな重みが生まれていた。




 そして――とうとうその日がやってきた。


 王が、自らの足で立ち上がったのだ。

 従者の肩を借りながらではあったが、ゆっくりと寝台を離れ、数歩を踏み出す。

 その光景を前に、医師も兵も思わず息をのんだ。


 「……父上……」


 アレックスの胸に、熱いものが込み上げてくる。

 わずかな距離を進んだだけ――それでも、この一歩こそが何よりの証だった。

 王が再び歩みを取り戻したという事実が、王宮に張り詰めていた空気を一変させる。


 誰もが顔を見合わせ、沈黙の中に確かな安堵が広がっていく。


 アレックスが胸を震わせる中、王は椅子に腰を下ろすと、荒い呼吸を整えながら視線を巡らせた。

 やがて、細めた瞳が一人を捉える。


 「……その者よ……」


 掠れてはいるが、確かな力を帯びた声だった。

 「よく……ここまで世話をしてくれた。お前の献身があったからこそ、こうして立っている」


 静まり返った室内に、その言葉が染み渡る。

 マイルズは深く頭を垂れ、返答を飲み込みながら、ただ「はっ」と短く応じた。





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