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15

 ティルフォードの商人ギルド長と面会を行って以降、クラウディアたちは倉庫や桟橋、船の出入り、検疫体制といった港湾施設の視察を重ねていたが、王宮からの連絡は依然として届かなかった。


 その合間、タリヤが街から戻ってくるたびに、小さな報告が積み重ねられていった。

 ――港の検疫の手続きが以前より厳しくなっていること。

 ――酒場では王が引きこもってるらしいと囁かれていること。

 ――倉庫業者の間で新たな保管料をめぐり不満が出ていること。

 ――東方の海域では、ここ最近になって海賊が増えたとの噂が流れていること。

 ――果物の出来が良く豊作で値が下がり、庶民にも手が届きやすくなっていること。


 そうした報告ばかりが幾重にも積み上がる中で、肝心の進展はなく、もどかしい日々だけが流れていった。

 タリヤの机には街の人々から押しつけられたらしい果物が山のように盛られ、気づけば消え、また新しく置かれては消えていった。。


 ――やはり厳しいか。

 クラウディアが心中でそう思いかけたその日、それは届いた。


 「クラウディア様! 王宮の使者からの手紙です!」

 封筒を携えたキミトフが駆け込んでくる。


 「来たか!」

 クラウディアは表情を崩さず短く応じ、差し出された手紙を受け取った。


 封を切る指先に、わずかな緊張が走る。

 ――いよいよ、次の段階が始まる。



 それは、ティルフォード港国の迎賓館への招待状だった。



 日取りはすでに記されており、一行は記された日時に合わせて準備を整えた。

 そして当日――白壁に囲まれ、海を望む高台に建てられた迎賓館へと馬車を走らせる。


 館の前には、港国の兵士たちが整然と並び立ち、石畳の広場には各国からの使節らしい馬車の姿もちらほらと見える。

 扉が開かれ、案内役の従者に先導されて、クラウディアたちはゆるやかな階段を登っていった。


 広間に足を踏み入れると、光沢のある大理石の床と高い天井、鮮やかな海を描いた壁画が目に飛び込んでくる。

 その中央――彼らを待ち受けていたのは、王ではなく、若き王子の姿だった。


 「このような場を設けていただき、深く感謝申し上げます。シュトラール領を治めるクラウディア=フォン=シュトラールと申します」


 青年はまっすぐに立ち、一行を見渡してから静かに名乗った。

 「私はアレックス=ティルフォード。……遠路はるばる、よく来てくれた」


 彼は軽く手を差し伸べる。

 「淑女を立たせたままでいるのも申し訳ない。どうか座って楽にしてくれ」


 「ご配慮に感謝いたします」

 クラウディアは一礼し、席に着いた。


 「では――どのようなご用件で、我が国を訪ねられたのかな?」

 アレックス王子が問いかける。


 クラウディアは落ち着いた声で応じた。

 「現在、我がシュトラール領の属する王国とティルフォード港国では、民間による交易は盛んに行われております。しかし、公としての正式な交易協定はいまだ結ばれていないと伺っております」


 「そうだね」

 王子は静かにうなずいた。


 「そこで私は、シュトラール領の領主として、ティルフォード港国と正式な交易協定を結ぶために参りました」


 アレックス王子は口元にかすかな笑みを浮かべた。

 「シュトラール領の評判はギルド長を通して聞いているよ。治安や軍制においても優れた領だと。しかし――それが我が国にとって、どのような利益をもたらすのかな?」


 クラウディアは即座に答えた。

 「我が領は王国の西方に開かれた要衝です。街道や港湾を通じて、物資の安全な輸送と迅速な流通を保証できます。治安維持の体制も整え、賊や海賊による被害を最小限に抑えることが可能です。さらに、農産や鉱産も安定して供給できるため、御国の商人たちにとっても大きな利益となるでしょう」


 アレックス王子は興味深そうに目を細め、短く促した。

 「……続けたまえ」


 クラウディアは頷き、言葉を継いだ。


 「現状、王国内の他領の湾口を通じてティルフォードの品を流通させるよりも、我がシュトラール領を経由するほうが、はるかに効率的かつ安全でございます。

 また、我が領は隣接する交易都市グラーツェルとも深い友好関係を築いております。グラーツェルの商人ギルドとは日頃より情報を共有し、治安維持にも協力体制を敷いておりますので、御国の商人の方々が危険に晒されることなく安心して往来できる環境をお約束できましょう。

 さらに、物資の届け先がシュトラール領内に限らぬ場合でも、グラーツェルを経由すれば王国各地へ速やかに物資を運ぶことが可能となります。すなわち、我が領を窓口としていただければ、御国の交易はより広範に、そして確実に発展するものと確信しております」


 「……なるほど、理解した」

 アレックス王子は静かにうなずいた。


 クラウディアの胸に、わずかな光が差す。

 「では――」

 次の言葉を紡ごうとしたその瞬間、王子が柔らかく手を上げて遮った。


 「シュトラール公爵、君が聡明であり、また民を大切にする領主であることは十分に伝わった。だが――独占契約となれば、最終的には王の裁可を仰がねばならない。

 その……王は、ここしばらく公務のために城を離れておられてな。ゆえに、私の一存で決めることはできないのだ」


 「承知いたしました。――王のご裁可を要すること、重々理解しております」

 クラウディアは表情を崩さず応じたが、胸の奥に沈む落胆は隠せなかった。


 「申し訳ないが、この件については一度持ち帰らせていただきたい。ただし――君のような壮麗で優秀な領主と語らうのは、私にとっても喜びだ。滞在中はいかなる時でも、遠慮なく訪ねてきてくれたまえ」


 「貴重な機会を賜り、感謝申し上げます。そのご厚情にも、心より御礼を」

 クラウディアが深く一礼すると、アレックス王子は軽く頷いた。


 「こちらこそ。――本日の会談はここまでといたそう。滞在中はこの地を楽しんでいただければ幸いだ」


 その言葉に従い、クラウディアは静かに席を立った。

 胸の奥に大きな落胆を押し隠しながらも、口元の穏やかな微笑は崩さない。

 表情ひとつ乱さず、あくまでシュトラール公爵としての矜持を湛えていた。

うまくいくと思った交渉が、まさかの決裂――!

果たしてここから挽回できるのか!?


と冗談はさておき、本当は明日出そうと思ってたんですが、話の盛り上がり的にキリが良かったので今日のうちに更新しちゃいました

何が何でも完結させたい一心で、最近の平均睡眠時間が危険な数値になりかけています(笑)


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