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長い航海ののち、ようやくティルフォード港国の影が水平線に浮かび上がった。
やがて海の地平に、幾重もの桟橋と高くそびえる灯台が見えてきた。その背後に寄り添うように街並みが積み重なり、白い壁と赤い屋根が太陽の光にきらめく。港に集う船の帆は異国の紋章や色彩に彩られ、まるで別世界の入り口のようだった。
「……あれがティルフォード港国」
クラウディアは帽子のつばを押さえながら、静かに視線を向けた。
船が港へ滑り込み、甲板から縄梯子が下ろされる。
一行は順にタラップを降り、石畳の埠頭に足を踏みしめた。眼前には倉庫や市場へ急ぐ人々の波。船員が荷を下ろし、商人が声を張り上げる。規律を重んじる本土とは違い、ここでは荒々しい息遣いと海の奔放さが街を支配していた。
「ようやく着きましたか……」
マイルズは口元を押さえ、まだ顔色が優れない。
「まだ調子が悪そうね。まずは宿へ向かって、ゆっくり休みましょう」
クラウディアは穏やかに促し、一行は迎えの馬車に乗り込んだ。
ほどなくして到着したのは、上級貴族や大商人のために設けられた格式ある宿。白壁に大きなアーチを持つ玄関、吹き抜けの広間には落ち着きのある空気が漂い、港の喧騒が嘘のように遠ざかる。
荷をクラウディアの部屋へ運び込んでいる最中、キミトフが問いかける。
「クラウディア様、今後のご予定は?」
「少し休んで、マイルズの体調が戻ったら商人ギルドに向かうわ。事前に紹介状を送ってあるし、正式な挨拶を済ませるのが先よ」
「……感謝します」
マイルズが深く頭を下げる。
「私はいつでも行けますよ!」タリヤが元気よく胸を張った。
クラウディアは思わずくすりと笑みをこぼす。
「頼りになるわね。でも一旦は、マイルズが良くなるまで休みましょう」
束の間の休息を挟み、マイルズの顔色にもようやく赤みが戻った。
一行は支度を整え、馬車に乗って商業ギルドへ向かう。
石畳の大通りを抜けると、港を背に建つ巨大な石造りの館が見えてきた。ティルフォード商業ギルド本部――白い外壁に紋章旗がはためき、門前には商人たちの馬車が列をなし、出入りする人々の活気に圧倒される。
受付で紹介状を示すと、応接まで少し待つよう案内された。
待合の広間は白い大理石の床に深紅の絨毯が延び、壁際では異国の衣装を纏った商人や南方訛りの声を響かせる使者が商談を繰り広げていた。
港国ならではの多彩さが、ここ一室に凝縮されているかのようだった。
やがて名を呼ばれ、一行は重厚な扉の奥へと通される。
応接室に座していたのは、ティルフォード商人ギルド長。
年季の入った衣服と落ち着いた眼差しが、ただ者ではない風格を漂わせている。
「遠路よりようこそお越しくださいました、シュトラール公爵」
ギルド長は恭しく一礼した。
「願い出たのは私の方です。そんなにかしこまらず、過度にへりくだる必要はありません。――クラウディアと呼んでいただいても構いませんわ」
クラウディアは穏やかに応じる。
「とんでもございません、そのように呼ぶなど恐れ多いことです。……ですが、シュトラール領の商人ギルドの名は、こちらにも伝わっております」
「悪い噂でなければよろしいのですが」
クラウディアの軽い返しに、ギルド長は微笑んで首を振った。
「むしろ逆です。シュトラール領の商人ギルドは、商いを行うには実に整った環境を備えていると伺っております」
「それはあくまで、官と民が協力して成した結果です。私はその手助けをしたにすぎません」
クラウディアは表情を崩さず、淡々と答えた。
「謙虚でいらっしゃる……では本題に入りましょう」
ギルド長はわずかに声を低めた。
「事前にいただいた紹介状には、王に拝謁を望まれているとありましたが?」
「はい。シュトラール公爵領の領主として、今後ティルフォード港国との交易を本格的に進めようと考えております」
クラウディアは落ち着いた口調で応じる。
「それは素晴らしい。商人ギルドとしても、信頼できる新たな取引先は実に心強いものです」
ギルド長は満足げにうなずいた。
「王への拝謁につきましては、私の方ですでに王宮へご来訪の旨を届けております。ただ、船旅ゆえ到着の正確なお日にちをお知らせできず、宮廷側でも日程を定めかねておりまして……。大変恐れ入りますが、数日ばかりお待ちいただけますでしょうか」
「もちろんです。先方のご都合に合わせていただければ構いません」
クラウディアの即答に、ギルド長は安堵の笑みを浮かべた。
その後は、港の景気や近頃の交易品の流行など、取りとめのない話題が交わされた。ティルフォードで人気を集める織物や、珍しい香辛料の産地――話題は尽きなかったが、やがてクラウディアが静かに腰を上げる。
「長居をしてはご迷惑でしょう。本日はこれで失礼いたします」
「こちらこそ、ご足労に感謝いたします。滞在中にお困りのことがあれば、どうぞ遠慮なくお知らせください」
ギルド長は深々と一礼した。
クラウディアは軽く会釈を返し、一行は応接室を後にした。
廊下に出ると、外の光が差し込み、港のざわめきが遠くに聞こえてくる。
「これで交渉の入口には立てたわね」
クラウディアの静かな言葉に、三人は無言でうなずいた。
彼女は歩みを緩めることなく続ける。
「王宮からの返事を待つ間は、こちらも手を止めずに動く。私とマイルズ、キミトフは港や市場を視察し、交易の実情を確かめる。タリヤは街に溶け込み、地元の商人や船乗りから噂話を拾ってきて。公式の場では得られない情報も必要だから」
「承知しました」
マイルズとキミトフが同時に答え、タリヤはにんまり笑って胸を叩いた。
「任せといてくださいっす! こういうのは得意中の得意っすから!」
その後、視察を一通り終えたクラウディアたちは、夕暮れの街を宿へと戻っていた。
港風に混じって、どこか賑やかな笑い声が響いてくる。
ふと横を見ると、酒場のテラスでタリヤが海の男たちに囲まれていた。
「ティルフォードの海の男ってのは、この程度しか飲めないんっすか!」
挑発めいた声に、船乗りたちが「なんだと!」「まだまだこれからだ!」と机を叩いて立ち上がる。
タリヤは片手に大ジョッキを掲げ、豪快にあおる。
「かーっ、ぬるいっすねぇ! シュトラールで飲む水の方がキツいくらいっすよ!」
周囲からはどっと笑いと歓声が上がり、「もっとやれ!」「次はこっちだ!」と場がさらに盛り上がっていく。
「……どうしますか、止めに行きますか」
キミトフが呆れ顔で問いかける。
クラウディアは横目に一度だけタリヤの姿を見やり、ふっと微笑んで答えた。
「あの子には、あの子なりのやり方があるのでしょうね。――私たちは戻りましょう」
夕暮れの喧騒を背に、タリヤを除いて一行は宿へと歩みを進めた。
99%が読まないであろう活動報告を書くとmixiを思い出します。
mixiって何?ってなった方は若さを分けてください。




