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おかげさまで本作は一万PVを突破しました。

読んでくださった皆さま、本当にありがとうございます。

 出発前日の午後。

 執務と荷造りをひと通り終え、クラウディアは私室で衣装箱に最後の品を収めていた。


 「ノック・ノック。クラウディア様~いらっしゃいますか~」


 トントンと軽快なノック音に続いて、調子のいい声が扉越しに届いた。

 クラウディアは微笑を含んで答えた。


 「ええ、いるわ。入ってらっしゃい」


 軽快に飛び込んできたのはタリヤだった。


 「クラウディア様、もう準備は終わった感じですか?」

 「ちょうど今終わるところだけど」


 「帽子とかもちゃんと入れました?」

 「ええ。普段使っているこれを持っていく予定だけど……」


 クラウディアは衣装箱から、つばの小さめな帽子を取り出した。

 それを見たタリヤは、目をまん丸にして大げさに声を上げる。


 「こんなつばの小さいやつじゃダメっす! クラウディア様は太陽の力を舐めすぎっす! 今から一緒に買いに行くっす!」


 「現地についてから買えばよくないかしら?」

 「現地に着いてからじゃ遅いっす。船の上にいる間に、クラウディア様の綺麗な肌がボロボロになっちゃうっす。もしそうなったら、シュトラール領民全員が悲しみの涙に飲まれるっす!」


 「……でも、あなたは普段帽子なんて使ってないじゃない?」

 「それはそれ、これはこれっす。デザートが別腹みたいなもんっす」


 思わずクラウディアはくすりと笑みをこぼした。

 「わかったわ。まだ時間もあるし、行きましょうか」


 「備えあれば憂いなしっす!ついでに訓練室にいるキミトフと、執務室にいるマイルズも呼んでくるっす!」


 「じゃあ、十五分後くらいに屋敷の前で待ち合わせしましょう」

 「了解っす!」


 タリヤは返事をするや否や、脱兎のごとく駆け抜けていった。


 しばらくして私室を後にし、屋敷の正面扉を開くと、眩しい午後の光が差し込んだ。

 馬車のそばにはすでに三人が待っている。タリヤは大きく手を振り、キミトフとマイルズは無言で控えていた。


 「待たせたわね。行きましょうか」


 四人は揃って馬車に乗り込み、石畳を揺らしながら領都の中心部へと向かう。




 領都は四つの区画に大きく分かれている。執務館や役所が集まる官庁区、賑やかな市場を抱える商業区、鍛冶や織物など職人の作業場が連なる工業区、そして領民が住む居住区。

 その中央には「規律の広場」と呼ばれる大広場があり、政務の布告や公開裁定が行われる――領都の象徴ともいえる場所だ。


 今、彼らが降り立ったのは商業区。通りには色鮮やかな日よけ布が張られ、威勢のいい呼び込みが響いている。


 「じゃあここからは歩きましょう」

 クラウディアの言葉に皆うなずき、一行は馬車を降りた。




 ほどなく婦人服店に入ったのはクラウディアとタリヤの二人。

 キミトフとマイルズは気まずそうに顔を見合わせ、結局店の外に残った。


 「……大丈夫そうだな」

 キミトフが短くつぶやく。


 「ああ。店内にも外にも諜報員が護衛として潜んでいる。我らが一緒にいる必要はないだろう」

 マイルズは視線を巡らせてから、ふいに口元をゆるめた。

 「で、最近入った新人の子とよく話しているって聞いたが、本当か?」


 「ただ仕事の質問をされただけだ」

 「へぇ~」


 マイルズはにやにやと笑みを浮かべるが、キミトフは表情を一切変えない。


 その一方、店内では――。


 「何を選べばいいのかわからないわね」

 「これとかどうっすか?絶対似合うっす!」


 タリヤはあれこれと帽子を持ってきては、クラウディアに被せては外し、まるで着せ替え人形のようだ。


 「これじゃクラウディア様の良さが引き出せてない……」

 「もうこれで良いんじゃないかしら」


 そう言うクラウディアの横を、タリヤは再び駆け抜けて店の奥へ。

 ふと視線を巡らせたクラウディアの目に、白い緩やかなカーブを描いた大きなつばの帽子が映った。

 手に取った瞬間、幼い頃、母が夏の日差しの下で同じような帽子を被っていた記憶がよみがえる。


 「クラウディア様も、なにか良さげなの見つけたんすか?」

 タリヤが戻ってきて、すぐに促す。

 「ちょっと被ってみるっす」


 流されるようにクラウディアは帽子を頭にのせた。

 タリヤは息を呑んで沈黙する。


 「どう?」

 首を傾げるクラウディア。


 しかしタリヤは答えず、ただ見つめている。

 不思議そうに、クラウディアはさっきとは逆の方向へと首を傾げた。


 ようやくタリヤが口を開く。

 「クラウディア様、言葉が出ないくらい完璧っす。正解!優勝!これで勝利が確約されたも同然っす!」


 「ふふ。あなたがそこまで言うなら、これにしましょうか」


 会計を済ませ、店を出る。


 「待たせたわね」

 「いえ、全く」キミトフが短く答える。

 「ご苦労!」と胸を張るタリヤ。

 「お前が言うな」マイルズが眉をひそめ、軽く頭を小突いた。


 「クラウディア様、物理的なパワハラっす!」

 「子どもみたいにじゃれ合って……。さ、帰るわよ」

 クラウディアが微笑むと、三人はわざとらしく姿勢を正しつつも、どこか和やかな空気が流れた。


 馬車へ戻る道すがら、マイルズがふと口を開く。

 「ここから戻るなら、こっちを通った方が早いですね」

 「でもここは学院の中じゃない? 本当に通っていいの?」


 「自分が通っていた頃から、結構みんな使ってましたよ」

 「うちのお母さんも買い物の時によく抜け道にしてたっす」タリヤも続く。


 「そう……ならいいわ。ちょうど建築中の建物の様子も気になっていたの」


 一行は広々とした学院の敷地へと足を踏み入れる。


 「結構いろいろ建てられてますけど、何なんすか?」

 「研究用の施設と、遠方からの特待生を迎えるための寮よ。医療棟の増築も予定しているけれど、まだこれからね」


 タリヤはきょろきょろと見回しながら感心したように言う。

 「こうして見ると、王都の学院とは全然違うっすね」

 「ええ。あちらは貴族が通う前提で、やたらと装飾に凝っているもの。王族も利用するから見栄を張りたい意図もあるのでしょう。効率は二の次ね」


 「私は断然、こっちの方が好きっす」

 「そう言ってくれると嬉しいわ」クラウディアは微笑むと、マイルズへ視線を向けた。

 「あなたは実際に通っていたけれど、どう思う?」


 「最初は貴族と平民で自然にグループはできていましたが、隔たりを強く感じるほどではなかったですね。毎日顔を合わせて同じ授業を受ければ、卒業する頃には普通に打ち解けていました」


 「なら、良かったわ。――ねぇ、父上、母上」


 道の脇に立つ銅像に目をやる。学院を創設した二人の姿。

 陽の光を浴びたその顔が、わずかに微笑んだように見えた。

一万PVを超えた嬉しさのあまり、気づけば日常シーンの方がシリアスパートより長くなってしまいました。

ですが、それもこれもリアクションやブクマをしてくださった皆さまのおかげで、多くの方の目に触れるようになったからだと確信しています。

本当にありがとうございます。

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