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 シュトラールに戻ってからの日々は、地獄のような忙しさだった。


 賊の情報の精査、兵の配置、見張り台の修理に街道の整備――それらに伴う護衛や職人の手配も必要となり、クラウディアの執務室には書類が山と積まれていった。


 キミトフやマイルズも例外ではない。

 彼らは、賊を討伐するために一時的に編成された討伐隊――正規軍の中でも精鋭中の精鋭をかき集めた臨時特殊部隊に組み込まれ、各地を飛び回っては賊を追い払う日々を送った。

 兵舎に戻れば、疲れた体に鞭打って報告をまとめ、次の作戦会議に備える。


 一方、クラウディアもまた、積み重なる報告書に加え、商業ギルドとの契約書の進捗確認や、諜報員の情報を突き合わせる作業にてんやわんやだった。


 まるで休息など許されぬかのように、朝から晩まで机に張り付いては、次々と差し出される書類に目を通し、判を押す。

 時には深夜、ランプの明かりだけを頼りに文字を追い、気付けば夜明けの鐘を聞いていた。


 ――だが、その甲斐はあった。


 やがて賊の討伐が進み、各地の被害報告も少なくなっていく。

 街道には再び商人たちの列が戻り、村々の住民も安堵の笑みを見せるようになった。


 気づけば、全員の目の下の隈もようやく薄れ、領都の空気に落ち着きが戻っていた。

 夏の暑さが和らぎ、朝晩の風に秋の気配を感じられる頃――シュトラール家の人々は、ようやく束の間の安息を得たのだった。




 そして今、積み重ねた苦労に応えるかのように、館前の広場には兵たちが整列し、静かに訓示を待ち受けていた。

 先頭に立つのはキミトフとマイルズ、その背後には臨時特殊部隊の全員が一糸乱れぬ姿勢で揃っていた。


 壇上には“地獄の部隊長”と呼ばれる男が立ち、冷ややかな眼差しで全体を睥睨している。

 クラウディアが階段を上り壇上に姿を現すと、その声が鋭く響いた。


 「総員、傾聴――!」


 刹那、兵たちの背筋が一斉に伸び、靴音と共に整列が固まる。

 その動きは寸分の狂いもなく、緊張で張り詰めた空気が場を支配した。


 クラウディアはゆるやかに視線を巡らせ、兵たちの顔を一人ひとり確かめるように見渡した。

 そして、威厳に満ちた声を放つ。


 「――よく戦った。

 街道に潜んでいた賊どもは討たれ、領都は再び秩序を取り戻しつつある。

 それはお前たち一人ひとりの働きの積み重ねによるものだ」


 兵たちの表情は揺るがないが、その胸の奥に熱が広がるのを自覚していた。


 クラウディアはさらに言葉を続ける。


 「お前たちの力が、街を守り、道を繋ぎ、民を生かした。

 その功績は、この地の歴史に深く刻まれるだろう。

 だが、勝利に酔うな。

 秩序とは、一瞬の気の緩みで崩れる脆きもの。

 絶えず磨かれる宝石であり、規律こそがその光を保つ。

 誇りを胸に刻め。怠るな。

 ――シュトラールの旗は、規律を守る者のみに掲げられるのだ。」


 最後の一言が響いた瞬間、広場全体に凛とした気迫が漲った。

 部隊長が吼える。


 「総員、敬礼!」


 無数の腕が一斉に掲げられ、空を切る音が轟いた。

 その光景は、まるで鉄の意志が形を成したかのようだった。


 やがて式は終わり、クラウディアはキミトフとマイルズを連れて執務室へと戻る。




 クラウディアは椅子に身を投げ出すように腰を下ろし、天井を仰いだ。

 「……と皆の前で理想を語ったはいいものの、流石に疲れた。これほど疲れたのは、王子以来だ」


 マイルズが苦笑を浮かべる。

 「たまに戻ってきた時に、書類の山でお顔が隠れてしまっていましたから」


 キミトフも腕を組み、真顔のまま口を開いた。

 「今回ばかりは、休んでも誰も文句は言わぬでしょう」


 その時、扉がノックされ、軽快な声が響いた。

 「クラウディア様、タリヤ!ただいま戻りました!」


 タリヤが明るい笑顔で駆け込んでくる。

 「タリヤか。ご苦労」

 「はい!では報告を――」


 言いかけたタリヤを、クラウディアが手を上げて遮った。

 「お前も長旅で疲れていることだろう。報告は後で良い。座って楽にしてくれ」


 クラウディアは立ち上がり、棚の奥をゴソゴソと探る。

 「……お前が帰ってきた時用にと、チョコレートと最高級サラミをここにしまっておいたんだ。食べるか?」


 タリヤの目が一瞬で潤む。

 「そ……それは、クラウディア様が定期的に送ってくれていた希望……これが届く日のために毎日頑張ってたっす……頂くっす!」


 キミトフは眉間の皺を少し緩め、低く言った。

 「……お前も、ずいぶんと苦労していたのだな」


 涙を拭いながら、彼女はサラミとチョコレートを交互に食べ始めた。

 「よく甘いものとしょっぱいものを交互に食べられるな……」とマイルズが眉をひそめる。

 「理解できぬ」とキミトフは即答する。


 だがタリヤは胸を張り、きっぱりと言い返した。

 「何言ってるんすか! こうやって食べることでお互いの良さが高まるんすよ!」


 その様子にクラウディアは思わず微笑んだ。

 「……そうだ、つい最近グラーツェル侯からお礼にワインが届いたの。いい機会だから開けましょう」


 「いいですね」

 マイルズが頷き、キミトフも無言で賛意を示す。


 「これにワインも組み合わされば無敵っす!」

 タリヤは大げさに拳を握りしめた。


 クラウディアはワインセラーから一本を取り出し、ラベルを眺める。

 「……四十五年もの。わたしたちより年上ね」


 マイルズは感心したように目を細める。

 「歴史を封じ込めたような一本ですね。……開けるのが楽しみです」


 キミトフは無骨に頷き、力強く言った。

 「年を重ねただけの酒は濁る。だが、本物は澄む。……確かめさせてもらおう」


 タリヤはすでにサラミを頬張りながら、目を輝かせて叫ぶ。

 「絶対に合うっすよ! チョコにサラミ、そこに四十五年ものワイン……三種の神器の完成っす!」


 クラウディアは肩を揺らして小さく笑い、グラスを取りに歩いた。

ようやくタリヤ、クラウディア、キミトフ、マイルズ――四人が揃いました。

タリヤの短編を出していたんですが、ちょっと本編の流れに噛み合わなかったので削除しました。

でもアイデア自体はまだ残してあるので、グラーツェル章での王都滞在をタリヤ視点だけで描く形で、いつかまとめ直すかもしれません。

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