表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/34

8

 昼を過ぎても、部屋には紙をめくる音とペンの走る音だけが満ちていた。

 その静寂を破るように、扉がノックされる。

 「失礼します――グラーツェル侯から返事が届きました」


 封を開いたクラウディアは目を走らせ、小さく笑みを浮かべる。

 「運がいいな。……今日会えるらしい。ギルド長に使者を送れ」


 クラウディアは姿見の前に腰を下ろし、身だしなみを整え、長い髪を後ろへ流すと、無機質な黒い紐で一つにまとめた。

 飾り気のない仕草でありながら、その姿には凛とした気品が漂う。

 白磁のような肌に澄んだ瞳。冷静さを湛えた横顔からは、貴族の令嬢らしい気品の奥に、領主としての威厳が静かに滲んでいた。


 やがてクラウディアは立ち上がり、キミトフを伴って侯爵邸へと向かった。


 石畳の道を進み、やがてグラーツェル侯爵家の門前に到着する。そこでは既に連絡を受けた商人ギルド長が待っていた。

 「では、行こうか」


 案内を受け、一行は応接間へと通される。


 部屋の奥、椅子に腰掛けていたのは壮年の領主、グラーツェル侯だった。

 「久しぶりだな、クラウディア嬢。いや……今はシュトラール公爵と呼ぶべきかな」


 クラウディアは微笑み、軽く首を振る。

 「お久しぶりね、グラーツェル侯。気を遣わず、今まで通りで構わないわ」


 「そうか。――で、なぜ商人ギルド長もここに?」


 「私が連れてきたのです。聞きたいことがいくつかあって」


 侯は腕を組み、真っ直ぐにクラウディアを見据える。

 「そうか。緊急だと聞いているが……どうかしたか?」


 クラウディアは視線を鋭くし、問いかけた。

 「賊が増えて商人が困っている件については、ご存じですか?」


 「知っている」侯は頷いた。

 「ギルド長からも陳情が上がってきているのも把握している。申し訳ない」


 「いえいえいえ、頭を下げていただくほどでは!」

 ギルド長は慌てて手を振った。


 グラーツェル侯は深い皺を刻んだ顔を険しくする。

  「我が領の要でもある北街道付近で、盗賊や山賊の類が急増しておる。それに伴い兵を派遣してはいるが、追いついていない。加えて、他の街道でも商人や旅人の被害が増加しておるのだ」


 侯は小さく息を吐き、悔しげに首を振った。

 「私も王都に援軍を頼んだが、“自領は自領で治めよ”と突き放された」


 その言葉に、クラウディアの脳裏に自然と王と王子の顔が浮かんだ。

 ――民の声を顧みず、政を軽んじる無能な王。

 ――婚約破棄という醜態をさらし、責任から逃げるばかりの王子。


 口元の微笑は崩さぬまま、クラウディアは静かにまぶたを伏せた。


 「そうだったのですね……」

 ギルド長は沈痛な面持ちで呟いた。


 じっと話を聞いていたクラウディアは、やがて口を開いた。

 「先代からのご縁もあります。――シュトラールとグラーツェルを結ぶ街道であれば、我が軍も共に治安維持に協力いたします」


 驚きに目を見開く侯に、クラウディアはさらに告げる。

 「加えて、状況が落ち着くまではシュトラール領からグラーツェルへ至る街道を中心に、ある程度の区域を巡回しましょう。

 そうすれば、北街道への対応で手薄になっている箇所にも、いくらか手が届くはずです」


 「……感謝する。そうしてもらえれば、我々も地域を絞って対応できる。実のところ、王都に断られた後、そなたに助けを求めることも考えた。だが――」


 侯は言葉を切り、目を伏せる。

 「婚約破棄の件は聞いている。そんな大変な状況になったばかりのクラウディア嬢に、これ以上の負担をかけたくはなかったのだ」


 クラウディアはわずかに微笑み、静かに首を振った。

 「あれは大したことではないわ。……心配には及びません。私も小さい頃、侯にお世話になった記憶がある。長い付き合いだもの、協力は惜しまないわ」


 侯は感慨深げに頷いた。

 「大きくなったな、クラウディア嬢」


 クラウディアは口元にわずかな笑みを浮かべた。

 「食後のデザートに一喜一憂していた、あの頃とは違いますわ。――グラーツェル侯」


 どこか懐かしむように目を細め、カップにそっと指を添える。その仕草には、ほんの一瞬だけ往時の穏やかさが滲んでいた。


 だがすぐに表情を引き締め、視線を侯へと戻す。

 「さて――我らが一時的に治安維持を行うにあたり、その許可をいただけますか?」


 「願ってもない。その旨の周知はこちらで行おう」


 「では、話はまとまったようですね」

 クラウディアが席を立とうとすると、侯が手を上げて呼び止めた。


 「クラウディア嬢。今日はうちで夕餉でもどうだ? 妻が、クラウディア嬢が来ると聞いて台所にこもってしまってな」


 クラウディアは一瞬目を細め、記憶を辿る。

 「……婦人の作るシチューは絶品でしたね。ご厚意に甘えましょう」

グラーツェル編はここでほぼ終わりです。

【ポイント・ブクマ】を入れてくださった皆さま、本当にありがとうございます。

数字が増えるたびに「よし、次も頑張ろう!」とやる気が湧いてきます。

……ただし調子に乗って長編化しすぎないように気をつけます

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブクマ・ポイント評価を頂けませんか?
ひとつのリアクションだけでも凄い励みになります。

同作者の作品
【番外編】規律の令嬢 ― 王都崩壊の間奏曲

【短編】悪役令嬢と執事の日常

【短編】『私の破滅に拍手を!』

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ