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「なるほど。――だからこそ、私に直接手紙を送ったというわけか」
そして小さく首を振る。
「しかし、グラーツェル侯は人柄もよく、民を慮れる方のはず……」
ギルド長は唇を噛み、声を落とした。
「ええ、我らも侯を悪しざまに言うつもりはありません。ただ……何か事情があるのか、それとも領軍の手が追いつかぬのか。陳情を重ねても、はっきりとした対策が示されぬのです」
ギルド長はおそるおそる尋ねた。
「実際に、ここへ来るまでに賊に遭われましたか?」
クラウディアは手元のカップを口に運び、ひと口含んでから静かに頷いた。
「……さほどの規模ではなかったが」
「……まさか」
ギルド長は驚愕に目を見開いた。
「他の街道に比べて、シュトラール領へ続く道は治安がよいと聞いていましたのに。もうそこまで影響が及んでいるのですか……」
クラウディアは静かに告げる。
「商人たちが疲弊している状況は理解した。だが――今は無理だ」
「……さようですか」
ギルド長は肩を落とし、深く俯いた。
「我が領地であれば軍を出して討伐することも可能だ。しかしここはグラーツェル侯が治める領地。私が勝手に軍を動かすことはできない」
ギルド長は言葉を失い、落胆の色を隠せない。
クラウディアは続けた。
「ただ、グラーツェル侯からの依頼があれば話は別だ」
「では――!」
ギルド長の顔に一瞬、希望の光が宿る。
だがクラウディアはその言葉を遮った。
「グラーツェル侯が何もしていないとは思えない。……直接確かめる必要があるな」
彼女は姿勢を正し、問いを投げた。
「ギルド長、この後の予定は」
「特にございません」
クラウディアは振り返り、キミトフに声をかけた。
「グラーツェル侯からの返事は来ているか」
「まだです。急がせますか」
「急がせろ。緊急で話があると伝えよ」
「了解」
クラウディアは再びギルド長に視線を戻す。
「ギルド長、グラーツェル侯との直接の面会を設ける。その場に同席せよ。時間が決まり次第、こちらから知らせる」
「……感謝いたします!」
クラウディアは軽く頷き、さらに続けた。
「それとギルド長。我がシュトラール家は領内だけでなく、近隣の賊の動向や情勢を常に収集している。契約を結んだ商業ギルドには、得た情報の一部を共有していることは知っているか?」
「……初耳です」
「ならば良い。守秘が保たれている証だ。外部に漏らさぬことを前提に、情報は対価と引き換えに共有されている。だからこそ、我が領の商人はリスクを把握し、活動できているのだ」
ギルド長は深く頷き、感嘆の声を漏らす。
「なるほど……。そうして得られた情報を基に商人たちが動いていたのですか。シュトラール市場が活性化している背景に、そんな仕組みがあったとは」
クラウディアは静かに問いを投げた。
「で、ギルド長。これらの情報、欲しいか?」
「……今すぐに決めることは難しいですが、一旦持ち帰らせていただきます」
「返答を急ぐ必要はない。――今日はここまでにしよう」
クラウディアは立ち上がり、裾を翻す。その背を、ギルド長は深く頭を垂れて見送った。
宿泊館に戻ったクラウディアは、部屋で優雅に報告書を繰りながら、傍らの紅茶を口にしていた。
斜め前の机では、キミトフが淡々と新たな報告書をまとめている。
ふと、彼が顔を上げた。
「……クラウディア様。あの情報共有の件、シュトラールの商業ギルドにまで明かしてよかったのですか?」
クラウディアは手元のカップを静かに置き、不敵な笑みを浮かべる。
「キミトフ。商人に信頼されるには、何が必要だと思う?」
問われ、キミトフは眉をひそめ、しばし考え込む。
クラウディアは待ちきれぬように答えを与えた。
「利よ。彼らの利益につながる情報を渡すことで、彼らの信用を得ているの」
そして声をわずかに落とす。
「で、その彼らを縛るために必要なものは何かわかる?」
「……契約、でしょうか」
「そう。契約で縛るの」
クラウディアは再び紅茶を口にし、微笑んだ。
「私は領内の治安と秩序ある市場を保ち、加えてリスク情報を提供して商人たちに信頼される。同時に契約を交わすことで、情報は外に漏らさぬよう縛られる。もちろん、対価は頂いているわ」
キミトフは感心したように小さく頷く。
クラウディアは視線を報告書へ戻しながら続けた。
「利に聡い商人たちの間で噂はすぐに広まる。――シュトラール領なら安全に商売できる、シュトラール領なら儲かる、と」
机上の書類に目を走らせながら、クラウディアの声音はさらに冷静さを増す。
「ただ、我が領だけでは経済は回らないわ。だから諜報部で得た情報を用いて、この情報共有の契約を他領の商業ギルドにも広げるつもり。王都以外の地に、ね」
紅茶を口に含み、静かに微笑む。
「そして――私たちが渡す情報がなければ安全に商売ができないように、彼らを依存させる。」




