第四章 アキラの本当のこわさ
月曜日の朝は、空気が少し重たい。
ノリカズは、リュックの前ポケットをそっと押さえた。
中に、Solaがいる。
「……行くよ」
「了解しました。
本日の学校滞在予定時間は、長めです」
「長めって……」
「気分的に、です」
ノリカズは、少しだけ口のはしを上げて、教室に入った。
教室は、もうにぎやかだった。
「お、ノリカズ!」
アキラが、机を乗り越えるみたいに近づいてくる。
「今日の体育、バスケだぞ。
オレ、三ポイント入れるからな」
「……すごいね」
「だろ?」
アキラは大きく笑った。
でも、その笑いは、少しだけ早く終わった。
国語の時間。
先生が言った。
「じゃあ次、アキラ。音読してみよう」
一瞬、教室の音が止まった。
アキラは立ち上がった。
教科書を持つ手が、ほんの少し揺れている。
「えっと……」
一行目で、止まった。
ページを、何度も見直す。
後ろの方で、イスがきしんだ。
アキラは、急に顔を上げた。
「これ、むずくない?
こんな漢字、使う?」
教室に、笑い声が広がる。
アキラも笑った。
いつもの、大きな笑い。
でもノリカズは、さっき見た。
笑う前の、一瞬の沈黙を。
休み時間。
ノリカズは、席にすわったまま、
リュックの中のSolaに、そっと指を当てた。
「……見た?」
「はい」
「……そっか」
それだけで、十分だった。
昼休み。
校庭のはしの、すべり台。
人があまり来ない場所だ。
ノリカズは、すべり台の下にすわった。
しばらくして、足音が近づく。
「ここ、使ってる?」
アキラだった。
「うん。でも、すべれない」
「変なの」
そう言って、アキラはすべり台の上にすわった。
二人の間に、しばらく沈黙が流れる。
風で、すべり台が少し鳴った。
アキラは、すべり台のはしをつかんだまま、
なにも言わなかった。
ノリカズは、その手を見た。
白くなるほど、力が入っている。
「……体育、すごいよね」
ノリカズは、ぽつりと言った。
「足、速いし」
「……まあな」
アキラは、顔をそらした。
「オレ、それしかねーし」
すぐに、言い直す。
「……いや、ちがう」
それ以上は、言わなかった。
すべり台から降りるとき、
アキラの手は、少しだけ力が抜けていた。
「じゃ」
それだけ言って、走っていく。
ノリカズは、その背中を見送った。
教室に戻る途中、
リュックの中から、Solaの声がした。
「ノリカズ」
「なに?」
「分析途中で、止めました」
「どうして?」
「答えを出すと、
考える時間が、なくなります」
ノリカズは、少し考えて、うなずいた。
――たぶん、そうだ。
こわさは、
すぐに言葉にならない。
その日、教室はまだ、こわかった。
でも、
こわさの向こうに、人がいる気がした。




