5 疑似親子の素性 2
「…………あの、スノウはリックの子供じゃないんですよね? スノウもリックがどこかから誘拐してきたんですか? リックは助け出したって言ってましたけど……」
スノウの名を出すと、落ち込んだ雰囲気をまといつつも、きりっとしていて真面目そうだったケントの表情がやや険しくなる。
「……いや、あの子に関しては誘拐罪は当てはまらないと思う。博士はあの子を連れ去ったのではなくて、窮地に陥っていた彼女を助けたのだと、俺もそう思う」
そこでケントは気遣わし気なため息を漏らした。
「実はあの子には現状戸籍がないんだ。厳密に言うと死亡者扱いになっている。
彼女は五歳の時に病死したことになっていて、その時に死亡届けも出されている。戸籍上は死んだことになっているんだ」
「どうしてそんなことに……?」
「本当は生きているにも関わらず消されたんだ。あの子の髪や目の色は生まれつきのものらしく、彼女の両親は彼女の人間離れした容姿を厭い、ホワイト博士が発見した時には監禁されていてかなり虐待を受けていたらしい」
「そんな…… 酷い……」
「あの子は意識を取り戻しても、博士や君のことは尋ねるけれど、他のことに関しては全く一言もしゃべらない。名前も出自も自分から語ることは一切ないけれど、『スノウ・ホワイト』という名前は博士が付けた偽名だ。彼女の本当の名前は『セイレーネ・アデルバイド』。北部に広大な領地を持つアデルバイド侯爵家の令嬢だ」
「えっ! スノウって貴族だったんですか?!」
「そうだよ。あの子がほとんど何も話さず人形のような反応しか返さないのは、きっと何年も酷い目に遭わされ続けたせいだろう。可哀想に」
ケントは辛そうな顔になってため息を吐いた。ケントは自分と同じ貴族が実の娘に非人道的な行いをしていたことを憂いているようだった。
「ホワイト博士はセイレーネ嬢の死亡撤回と彼女の貴族としての地位復権を望んでいる。血液検査による親子判定術を用いればアデルバイド侯爵夫妻とセイレーネ嬢が親子である証拠が出るはずだと。
しかしアデルバイド侯爵夫妻に血液提供を求めたが彼らは拒否した。そんなものは侯爵家を陥れようとする出鱈目だとね。親子関係が証明されてしまうと彼らの罪が暴かれるわけだし、そんなものに応じたくはないのだろう。
提供に応じて身の潔白を証明みてはどうかと言ってみたそうなのだが、侯爵家を陥れるのが目的なのだから、どうせ途中で検査結果を捏造されて自分たちが悪者であるという理由付けに使われるに決まっているから、提供には一切応じられないと突っ撥ねられてしまったそうだ。
もっとも、警務隊がその話をしに行った直後に、夫妻が慌てたように首都にある邸宅から領地へ戻ってしまったらしいから。俺としては限りなく黒に近いんじゃないかと思っているよ。血を抜かれるのを怖れたんだろうね。
今後侯爵夫妻とのやりとりは遠く離れた北部を往復することになるから、問題が解決するにはかなり時間がかかりそうだ」
ハロルドはあの日見たスノウの痛々しい傷痕を思い出す。まさか自分の子供にそんな酷い事をする親がいるだなんて思いたくもなかった。スノウと違って温かい家族に恵まれた自分は幸せだったんだ。
「……ハル、君は………… 博士に、何か特別なことを言われた?」
沈んだ気持ちになっていると、話題を変えるようにケントから声をかけられた。
はっとしたハロルドは青くなった。あの日リックからは、好きとか愛してるとか、嫁にいや婿にとか、最終的には恋人になってと言われている。答えを言う前にケントたちが家にやって来て返事は有耶無耶になってしまっているが、つまりはケントは自分が同性愛者だと知っているのだろうか?
リックに恥ずかしいことではないと言われてはいたが、憧れてもいた義兄になる予定のこの格好いい人が、自分の性癖を知ってしまうことにとてつもない抵抗を感じた。それはケントだけではなくて、家族全員に対してもだ。できれば秘密のままにしておきたい。
リックにいたずらされてしまったことは家族全員が知っているが、それでも恥ずかしかった。
「あ、あの……」
視線を彷徨わせて動揺しているハロルドを見ながら、ケントが少しだけ悲しそうな表情を浮かべた。
「そうか………… ハルも知ってしまったんだね、稀人のことを」




