44 変革
一番隊南西支隊に異動したフランツは数年勤務したのちに、貴族であるからなのか副支隊長に抜擢された。
父のクラッセン伯爵は、フランツの貴族籍を抜かなかった。
けれど、父親から幾度か送られてきた手紙が、一通目から怒りの内容だったため、以降は読まずに燃やした。
フランツは首都から南西列島に移って以降も、女性に言い寄られたり、夜を誘われることも多かったが、貴族のままのフランツが結婚するには父の許可が必要で、結局誰とも付き合わなかった。
フランツは副支隊長専属副官にカイザーを指名して、仲間たちと共に馬鹿をやりながら過ごし、時には死線を乗り越えながら島を守った。
その後、支隊長が抜けることになったため、フランツが後を継いで支隊長になり、同時にカイザーが副支隊長になることが決まった。
南西列島は移動に時間のかかりすぎる島が点在しているので、自然と支隊長と副支隊長の勤務地はバラける必要がある。
いつもそばにいたカイザーと離れるのは本意ではなかったが、仕事ならば仕方がなかった。
出立時に、「またお前の茶が飲めなくなるな」「たまに淹れに行きますよ」という熟年夫婦みたいな会話をした後に、「カイザーを頼むぞ」と言ったらコクコク頷いていたオリバーとも別れて、フランツだけ南西列島の母島に移った。
母島にはいつもの面子とはまた違う仲間がいて、フランツはその中から支隊で一番強いと言われていた、ジェフリー・フロストを専属副官に指名した。
ジェフリー亡き後、副官を指名しようとしなかったフランツが、カイザーに促される形でハロルドを自身の専属副官に指名したのは、ジェフリーを選んだのとは正反対の理由で、一番弱そうだったからだ。
支隊に増員される人員の細かい情報は、一番隊長ジョージから前もって送られてきてはいたが、自分に魂を捧げるが如く精力的に尽くしてくれたジェフリーの死を引きずっていたフランツは、新しい隊員たちには全く興味が持てず、資料には目を通さずに副支隊長のカイザーに渡してしまった。
フランツが資料を見たのは、ハロルドの全部を知りたいと思うようになってからだった。
着任式の日に初対面でハロルドを選んだ後、カイザーから「強さから選んだのですか?」と聞かれたが、フランツには最初何のことだかわからなかった。
むしろ逆で、あんな華奢でチビで「雰囲気小動物です」みたいな感じでは、弱々しさに目を付けられてすぐに獣人に殺されてしまうと思った。
フランツは愛すべき部下が死ぬのはもう見たくなかったから、せめてこんな子供一人くらいは自分のそばに置いて守ろうと思った。
副官に指名した直後にハロルドに拒否された時に、「副官にならないなら首都へ帰れ」と言ったのも、普通に支隊で活動していたらいつか死んでしまうのではないかと懸念したからだ。
本当は副官は誰でも良かったのだが、フランツはその時のほぼ思い付きのような適当すぎる行動によって、自分のその後の人生――とりわけ性的嗜好――に変革が起こっていくとは、その時は全く予想していなかった。




