43 本音?
南西列島に行くために列車に乗って最寄りの港に到着したフランツたちは、そこから手配した客船に乗り込んで、一路南西列島へ向かった。
「はぁー、やっぱりこれだよな」
フランツは船の一室にて、カイザーの淹れてくれたお茶を飲みながら感嘆の声を上げていた。
そんなフランツを見ながらカイザーが微笑んでいる。
カイザーも自分用にお茶を用意して、テーブルを挟んだフランツの眼前の席に着いた。カイザーの横にはオリバーの席もあって、テーブルの上には船に乗り込む前に買った甘いお菓子が並べられている。
オリバーは幼いながらに母親とはもう暮らせないことを理解している様子で、全体的に覇気がなく、口数の少ない子供だった。父親だと思っていた男からも、実子ではないとわかった後に酷く殴られたり詰られもしたそうで、大人の男性が苦手らしく、初対面後のフランツに対してもかなりの距離があった。
けれどカイザーにはそこそこ懐き出してはいる様子なので、彼らならば少しずつ父子の絆を構築していけるのではと思う。
親子の絆というものは、血の繋がりは関係ないだろうと、フランツは思っている。
実は港に着く前、陸路を移動中にカイザーからは、『本当はオリバーは私の子ではないのです』という衝撃の告白を受けている。
『私はオリバーの母親とは会ったこともありませんでしたし、血液検査では私との親子関係も否定されたのですが、私の噂を利用して問題解決を――――……』
驚いたフランツは、『今からその公爵家に殴り込みに行くか?』と問い掛けたが、カイザーは深刻そうな表情で首を振った。
『オリバーの父親は本当は見つかっているんです。死体で』
その瞬間、ゾワッとした悪寒がフランツの背中を走り抜けた。
『公爵令息だったオリバーは死んだことにされましたが、下手に動いて問題を蒸し返すようなことをしたら、本当に殺されるかもしれません。生きて公爵家を出られただけまだマシなんです。
たぶん、父親役は誰でも良かったんだと思います。都合が良かったのがたまたま私だったってだけで。
公爵家が調べたオリバーの父親候補に私の名前が出て、首都に呼び出された後―――― オリバーの祖父に当たる母親の実家の伯爵家から、オリバーを助けて欲しいと頼まれたんです』
「托卵」のことは公には秘されたが、それを知る公爵家の中でも、跡目争いなどで色々とグチャグチャあるそうで、偽の父親が現れて引き取るぐらいの体裁を整えなければ、オリバーはそのまま病死扱いで殺されていた可能性が高いそうだ。
『それに私は、結婚するつもりは一生なかったので、子供は諦めていたのですが、子供を育ててみる経験も貴重なものだと思えて、オリバーを引き取ったことに後悔は全く無いんです』
『そうなのか? カイザーは結婚願望がなかったのか?』
『…………ワンナイトで色々あって、女はもうこりごりです』
『そうかー』
その時、オリバーのことや貴族社会の闇の深さを考えていたフランツは、それ以上は全く何も突っ込まなかった。
夜、客室に二つある寝台の一つをフランツが一人で使い、もう一つをカイザーとオリバーの二人が使った。
オリバーは船に乗り込むまでの日中の疲れがあったのか早々に寝てしまい、フランツも移動の疲れを感じつつも、大人が寝るにはまだ少し早い時間帯でもあったので、寝台に横になりながら、同じくオリバーの横で添い寝をしているカイザーと様々な話をした。
「…………で、何でハインツ様とキスしてたんですか?」
延々と話をしていた結果、ほぼ寝落ちし掛かっていたフランツは、睡魔と戦いながらも何とかカイザーの問いに答えた。
「あんなもの…… 弟とのキスなんて、キスのうちにも入らねぇよ」
「…………私とのキスもですか?」
酒乱のカイザーは、酔うとキス魔にもなるので、フランツも以前は何度もその餌食になっていた。
なので、フランツのファーストキスの相手は、オゼットではなくてカイザーだった。
なぜか、オゼットと婚約したあたりから襲われることが極端に減って、ほぼキスはされなくなった。
そう言えば、その頃からカイザーは伊達眼鏡を掛けるようになったなと、フランツは眠すぎる頭でぼーっと考えていた。
「それはお前がキスしてくるから…… お前もう、オリバーもいるんだから、外でやたら飲むなよ。飲むのは俺がいる時だけにしろよ」
「私は、あなたがそばにいる時しか飲みませんよ。フランツ様としか、キスしたくないですから」
「ああそうだろうな。被害者は俺だけにしといた方がいい。俺はお前のことが親友として大好きだから、キスくらいなら何回だってできるぜ。
俺は酔った時にお前に『好き』って言われるのも嬉しいぞ。大親友だからな」
「…………」
カイザーからの返事がなかったので、会話はそれで終わりだろうと思ったフランツは意識を手放し、すぐに眠りに就いて健やかな寝息を立て始めた。
「やっぱり、それが本音なのか……」
カイザーがとても悲しく、そしてとても苦しそうな顔をしながら呟いた言葉は、フランツには届かなかった。




