36 線引き
フランツの入校辞退届けは伯爵家の使用人によって確実に銃騎士隊本部に提出されたはずなのに、後日、なぜか受理されていないままの届けを持った一番隊長ジョージが、部下を引き連れてクラッセン伯爵家を訪れた。
父親は隊服姿の銃騎士隊員がぞろそろと屋敷に入ってくるのを見て、明らかにビビっていた。
「いくら銃騎士隊の隊長とはいえ、向こうは新興伯爵家だ! こっちは歴史あるクラッセン伯爵家だぞ! 何を言われようとも、フランは絶対に渡さない!」
一番隊長ジョージは銃騎士隊での活躍が認められて平民から貴族になり、現在は伯爵家の当主もしている。
父は自らを奮い立たせるようにそう言い放ち、フランツに自室待機を命じると、鼻息荒く応接間に向かって行ったが――
自室では、カイザーの代わりが決まるまでのフランツ付きの役目を引き受けた侍従長が、「お茶でも淹れましょう」と言うので、フランツはソファに座っていた。
フランツは侍従長の手付きを見ながら、カイザーが淹れてくれたお茶がまた飲みたいと思った。
フランツがちょうどカップに口を付けようとした所で、「旦那様がフランツ様に応接間に来るようにとお呼びです」と、それほど時間が経っていないにも関わらず呼び出されたので、フランツは首を捻った。
フランツは侍従長のお茶を一口頂いてから部屋に向かった。
応接間では父とジョージがにこやかな雰囲気で話していた。
「ラドセンド卿、こちらが息子のフランツです。顔良し・技能良し・顔良し、な自慢の息子です。どうぞどうぞ一番隊でよしなに」
先ほどは「渡さん!」と息巻いていたはずだが、「あっはっはっは」と上機嫌に笑っている父は、あっさりとフランツを一番隊長に差し出した。
何だこの変わり身の早さは、とフランツは訝しんだが、要するに、「養成学校卒業後は獣人との直接の戦闘があまり発生しない一番隊に配属させるので、どうかこのままご子息を入校させてほしい」と、一番隊長が父に頼み込んだらしい。
家格が同じとはいえ勢いでは負けている家の当主から頭を下げられたので、父も悪い気はしなかったようだ。
その上、貴族で銃騎士になると出世も早く名声を得やすいだとか、銃騎士を出すとその生家の評判も爆上がりするとか、良い情報を次々と吹き込まれた結果、父は一番隊長とガッシリと固い握手を交わしていた。
父の手の平返しに呆れつつも、でもこれでカイザーと一緒に養成学校に入校できると、フランツの胸は弾んだ。
ただし、「どうせ辞めるのだから」と伯爵はカイザーの解雇を撤回しなかったので、そこだけはやっぱり許せなかった。
フランツの養成学校入校に際して、伯爵は知人や周囲の者たちから褒めそやされることも多く、始終鼻を高くしていたが、フランツは父親との間に既に一本引いていた線を、さらに濃くした。
入校後は父への悪感情に構っていられないほどの忙しさで、フランツはそれらの気持ちに蓋をして日々の訓練に勤しんだ。
貴族ならば養成学校に一年在籍しただけで、特定の条件を満たせば正規の銃騎士になれるという特例があったが、フランツはカイザーや学校の仲間たちとの日々があまりにも充実していたので、できるだけこの時間を続けたいと思い、他の多くの者たちと同じように養成学校に二年間在籍することにした。
そして二年次の時には、とうとう遂に、フランツの婚約者が決まってしまうという一大事が発生した。




