35 伯爵家での日々
R15注意、変態注意、弟注意
「お兄様、おはようございます…… 朝ですよ? お兄様…… 起きてください、僕のお兄様……」
異母弟ハインツの声と共に揺さぶられるが、フランツはなかなか起きられない。ハインツと添い寝をすると、いつも抱き付かれた状態で眠るため、少し寝苦しくて深い睡眠が取り辛かった。
「ああ、お兄様…… 今日も朝から麗しい……」
すすす、と掛け布が取り払われる感触はわかったが、眠さの方が勝っていたので、フランツはそのまま寝続けた。
「お兄様…… お兄様…………」
寝衣から出ている脚の先をスリスリと撫でられてた後、唇が当たる感触があり、自分と髪質の似ているハインツの金髪によって、剥き出しにされた肌がこそばゆく刺激されても、フランツは寝ていた。
「いい加減に起きてください!」
耳元で響くカイザーの怒鳴り声と共に、フランツは完全覚醒したが、乱暴な起こされ方だったため、フランツは寝起きからの機嫌の悪さを隠そうともしなかった。
フランツは自分が眠る寝台の横で立ち尽くして呆れたような表情のカイザーを、切れ長の碧眼で睨み付ける。
「はうっ! お兄様の寝起きの色気満載すぎる流し目の破壊力が半端ないっ!」
カイザーの後ろにいるハインツが喜々として妙なことを言っているが、ハインツがおかしいのはいつものことなので、フランツは気にしていない。
朝からフランツの寝室――ハインツは夜中に忍び込んできた――に入室でき、フランツの身体にピタリと引っ付いていた変質者を力ずくで引き剥がしたのは、フランツ付きの従者であるカイザーだった。
「私を睨むのではなく、感謝するべきでは?
ハインツ様が寝ているフランツ様の寝衣の胸元をはだけさせて、胸を✕っていらっしゃったのですよ?
共寝はおやめくださいと、ハインツ様が忍んで来られても追い返すようにと、何度も申し上げておりますのに」
「ハインツは小さな頃に正妻から育児放棄されて、愛に飢えてんだよ。兄貴の乳を✕✕くらいでハインツの心が満たされるなら、それでいいじゃねぇか」
そうだそうだー! と、背後からハインツの押せ押せな声がしたが、カイザーは殺人でも犯しそうなほどのギロリとした冷然たる睨み一つで、変態弟を黙らせた。
「育児放棄ではありません。高貴な女性は自ら子育てはせず、使用人に任せるのが常です。
フランツ様、この際ハッキリと言わせてもらいますが、ここまでされても拒まないとは、危機感がないにも程があります。
…………いつかハインツ様に貞操を奪われても知りませんよ」
最後の一言は、「好きな相手としか✕らない」というフランツの信条を知っている、従者のカイザーだからこそ出てきた言葉だ。
カイザーが自分を心配して言ってくれていることは、フランツも良くわかっていた。
フランツは、神妙な顔をしているカイザーの後ろにいる、「貞操云々」の言葉を聞いてなぜか目を輝かせてこちらに期待するような視線を向けているハインツを、ちらりと見てから、カイザーに言った。
「俺たちは兄弟なんだからそんな関係になるわけないだろ」
その瞬間、ガーンと、ハインツは見てわかるほどの絶望に染まった表情になった。
「お兄様のいけず! でも好き!」
ハインツは捨て台詞なのか何なのかわからない言葉を吐き、泣きながら部屋を出て行った。
ある時、ふとしたきっかけからカイザーの隠された夢が銃騎士になることだったと聞いたフランツは、「そうだ、銃騎士になろう」と思い付き、カイザーを誘ってその年の銃騎士養成学校入校試験を、他の伯爵家の者たちには知らせずに極秘受験した。
フランツは母親が娼婦だったことから良くない噂が立ち、婚約者がなかなか決まらなかった。
しかし父親は、「フランツの母親は単に平民だったが病弱だったために伯爵夫人になれなかった」と、悲恋話からできるだけ美談になるような作り話(病気で死んだのは本当だが)を、何度も人を使って流させていて、数年に渡るその工作が段々と実を結びそうになっている状況だった。
美貌の少年であることも手伝ってか、フランツと婚姻を結んでも良いという家もちらほらと出てきてしまっていたが、「愛する人としか行為をしたくない」という、娼館にいた頃に自分自身で誓った信条に従えば、父親が決めた政略結婚なんてフランツは絶対に嫌だった。
銃騎士になって権力を手に入れて結婚を無しにしたり、銃騎士の仕事で多忙を極めていれば、何かと理由を付けて結婚を先延ばしできるのではないか、と当初はそんな風に考えている部分もあった。
それもこれもまずは試験に合格しなければ始まらないが、幸いなことに自分もカイザーも合格していた。
銃騎士養成学校の入校試験を一発合格できたことに、二人して歓喜の声を上げて喜びを分かち合ったが、良かったのはそこまでだった。
カイザーが、フランツが銃騎士になるように唆したと見なされて、伯爵家を解雇された。
銃騎士になるなら当然辞めることにはなっただろうが、そもそも受験しようと言い出したのはフランツだし、むしろカイザーは最初それを止めていた。
なのになぜ事実と違うことになっているのかと、フランツはとてつもなく憤り、解雇を即決した父親に反発心が湧いた。解雇だなんて大変に不名誉なことであり、カイザーの経歴に傷が付くことも許せなかった。
フランツは父親に、一方的すぎる解雇の撤回を求めたが判断は覆らず、それどころか伯爵は、命の危険がある銃騎士にフランツがなるなんて絶対に許さないと言い始め、養成学校への入校を勝手に辞退させられそうになった。
貴族にとって当主の意向は絶対だ。フランツはその時に「カイザーは銃騎士になるけど、俺は取り残されるんだな」と半ば諦めていたが、そこにクソババアならぬクソジジイ的救世主が現れたことで、なんとか入校辞退は免れた。
助けてくれたのは、ジョージ・ラドセンド銃騎士隊一番隊長だった。




