34 フランツの生い立ち
フランツは伯爵家の庶子だが、幼い頃はその事を知らずに、母の職場でもある娼館で育った。
母は金髪碧眼の綺麗すぎた女で、娼館の売れっ子娼婦だった。父親のクラッセン伯爵とは、伯爵が家督を継ぐ前からの馴染みで、身請けの話もあったが、伯爵家の大反対があって白紙になり、母は伯爵の子を身ごもったまま妊娠を伏せて伯爵の前から姿を消し、別の土地の娼館に身を寄せてフランツを生んだ。
けれど伯爵に見つかり、母は復縁を拒んだが、客としてなら会ってもいいという条件の下、二人の逢瀬は母が病気に罹るまで続いた。
フランツは自分の父親については母親から「私を捨てたクソ男で狼に食われてクソになって畑に撒かれた」と言われていたので、畑に撒かれた部分は作り話だろうが、たぶん死んでるか母が絶対に会いたくない相手だろうと思ったので、フランツは父に会いたいという言葉は母には一度も言わなかった。
母が病気になって初めて、フランツは父親の身元を知った。その正体は、母を指名しに娼館に現れる度に、娼館の雑用をしていたフランツに結構な額のお小遣いや高級なお菓子を内緒でくれる、気前の良すぎる貴族のおっさんであった。
母は伯爵の世話にはなりたくないと言って、伯爵の支援は最後まで拒んでいたが、薬代はかさむし仕事しないなら家賃払えと娼館の主には言われるしで、最初の頃は母や自分の貯金を切り崩していたが、段々と苦しくなり、母がそれだけは使うなと言っていた、フランツが娼館から出ていくための母のヘソクリを使い切った頃に、フランツは自分の判断で、母には内緒で伯爵の援助を受けた。
母は客が取れなくなって以降は、最後まで伯爵には一度も会わずに亡くなった。母は「それが女の矜持よ」と言っていたが、「あんたは好きにしなさい」とフランツには語っていた。
フランツは母の死後、伯爵家に身を寄せ正式な庶子になった。
フランツとて自分たちを捨てて他の女と結婚した男を頼るのは癪だったが、フランツは母譲りの美貌の持ち主で、あのまま娼館に居続けたら「育てられた恩をいつか返さないとねぇ」と、幼い頃より言われ続けていた娼館の主によって、男娼の仕事をさせられるのは目に見えていた。
娼館で暮らすフランツは、売られてくる少女や時には少年までもが、春を売る様子を真近で見てきた。自らここに来たり覚悟を決めている者もいたが、不本意で連れて来られた者の様子は悲惨極まりなかった。
フランツはそんな風になるのは嫌だったし、そういう行為をするならば、好きな相手とでなければ絶対に嫌だなと思うようになっていた。
客を取らされる前にここから脱出するつもりだったので、自分たちを裏切った男だろうがなんだろうが利用するだけだと思った。
伯爵家の居心地は悪かった。男娼になるしか将来がなかったとはいえ、娼館では自由に暮らせていたが、貴族になったのだからと勉強勉強マナーマナーマナーの毎日で、「うぜぇ」と逃げ出す事も頻回で、その度に侍従長やら家令やらに怒られて、優しいおっさんだったはずの父親からもお小言を貰った。
楽しかったのは剣術の稽古くらいだった。
それから、父親の正妻はフランツの存在を見るからに良く思っていなくて、それが居心地の悪い最大の原因だった。
伯爵家で暮らし出して日も浅いある日、遠回しな言い方で娼館育ちであることを正妻に拗られた時には、フランツの堪忍袋の緒は早々に切れてしまい、「黙れクソババア」と言い放ったのが悪かったらしく、以来犬猿の仲である。
父と正妻の間にはフランツの異母弟にあたる伯爵家の跡取りがいたが、正妻は父の気が変わって後継者をフランツに指名変更されるのを恐れていた節があり、目の敵にしているようだった。
そしてその弟の名前が「ハインツ」という、まるでフランツに寄せたような名前であることも良くなかった。弟をそう名付けたのは父親だ。
正妻は出産時フランツの名前は知らなかったようだが、後々事実が明るみになって荒れに荒れたらしい。
二歳下の異母弟ハインツとの仲は悪くなかった。ハインツが「お兄様、お兄様」と慕って来るものだから、フランツも悪い気はせず、強請られて添い寝したことも数え切れない。
十二歳になった頃、父親が「フランツの専属従者にする」と言ってどこかから連れてきたのが、一つ年下のカイザー・ロックウェルだった。
カイザーとはそこからの長年の腐れ縁である。




