33 たとえ世界中がお前の敵に回っても
少しR15注意、ヘアの話あり
獣人たちの襲撃を退けて二日後、ハロルドは朝からフランツに誘われて、故ジェフリー・フロスト前専属副官が眠る墓地に来ていた。
フランツはジェフリーが亡くなった後、度々墓参りに訪れていたらしい。いつもは非番の日に行くことが多いが、襲撃の後処理でしばらくは休み返上になるからと、二人とも隊服を着込んだ出勤前の時間帯にこの地に来ていた。
襲撃の時に獣人を射殺してから、ハロルドの表情はずっと冴えなかった。そんなハロルドをフランツはやや過保護気味な感じで心配していて、あれからずっとそばに付き添おうとしてくる。
なので、「獣人を退けた」という報告をジェフリーにするための墓参りにも、ハロルドを連れて来ていた。
ジェフリーの墓前に花を供えて祈りを捧げた後、墓から隣にいるハロルドに視線を向けたフランツは、あれから一切笑顔を浮かべなくなったハロルドに声をかけた。
「お前は良くやった。お前がいなければ前回のように、もっと深刻な被害が出ていたはずだ。だからそんな顔するな」
フランツはハロルドが託したお守りの紐を巻いた手で、慰めるようにハロルドの薄茶色に染めた髪を撫でた。
その手つきには慈しむような優しさがあって、ハロルドはこれまで堪えていたものを吐き出すように、ポロポロと涙を溢して泣き出した。
「……きっと俺は、あそこで撃っても撃たなくても後悔したと思うんです。
もしも撃たなかったら、女の子が死んでいたかもしれないし、だから、俺のしたことは正しいことだったんだって、仕方のないことだったんだって、何度も何度もそう思おうとしたんです……
だけど、本当にそうだったのかなって…………
何が正しくて何が間違ってるのか、わかんなくなっちゃってっ……!」
叫び出しそうになった所で、フランツがハロルドの顔を自分の胸に押し付けるように抱きしめたから、言葉の最後は尻すぼみになった。
「お前は優しすぎるな。相手は獣人だったんだ。あれは必要な措置だった。お前がそこまで気に病むことじゃない」
ハロルドはフランツに抱きしめられながら、ふるふると首を横に振った。
「違うんです…… 本当は俺は――――」
ハロルドはしゃくり上げるようにしながら、自分が獣人に近い存在である「稀人」であることをフランツに話した。
ケントには秘密を保持するようにと言われていたが、ハロルドは半ば自暴自棄のようになっていた。
ハロルドはそのくらい追い詰められていた。
以前、同じ稀人であるアスターには、「ハロルドが稀人であることと銃騎士であることの板挟みになるのではないか」と心配していたが、まさに今、そんな状態になっていた。
もしも、ハロルドが稀人であることを知ったフランツが、それを理由に自分を忌避したり軽蔑したり怖れたり、何かしら悪い方向に態度が変わるようなことがあれば、銃騎士を辞めてしまおうかという考えが頭をよぎった。
ハロルドはフランツを尊敬しているし、心も許していて、信頼もしている。そんな人から引導を渡してもらえるなら、何の未練もなく銃騎士を辞められると思った。
「稀人…… 獣人の気質を持つっていう、あれか……」
まだ稀人のことは広く一般には知られていないが、支隊長であるフランツの元には稀人の情報も入っていたらしく、ハロルドが詳しい説明をしなくても事情は理解したようだった。
フランツがこちらを見ながら難しい顔になっていたので、ハロルドは暗い予想が当たった気がした。
けれど、死にそうな顔をしているハロルドにかけられたフランツの次の言葉には、良い意味で裏切られた。
「ハロルド、稀人であることで誰かに何か言われたり嫌な思いをさせられたら、必ず俺に言え。俺がそいつをぶっ潰してやるからな」
フランツはハロルドが稀人だと知っても、嫌わなかった。
「……支隊長が認めてくれても、世間は俺をそんな風には思わないかもしれません」
「世間なんて知るか。誰かがお前を悪だと言っても、俺はそうは思わない。たとえ世界中がお前の敵に回っても、俺だけはずっとお前の味方でいる。だから、何も心配するな」
「でも……」
「もし、稀人だって世間に知られて何かまずいことが起こったら、そん時は二人で逃げるか」
「…………支隊長が銃騎士隊から脱走しちゃ駄目ですよ。ジェフリー副官だってきっとそんなことは望んでないですよ」
「大丈夫だ。あいつも俺も素行不良だったからな。脱走銃騎士にでもなったら、地獄からゲラゲラ笑って面白がるだけだろ」
抱きしめて頭を撫でられると安心してしまって、少し落ち着いてくるが、すると今度は、「稀人であることは秘密にする」というケントとの約束を破ってしまったことが気になってきた。
正体が広く知られると、同じ稀人である三姉エマやその夫のケントに迷惑をかけてしまうと思ったハロルドは、自分が稀人であることは、ここだけの話として秘密にしてほしいとフランツに頼んだ。
フランツは「まあその方が良いだろうな」と秘密の保持に同意してくれた。ハロルドもフランツへの強い信頼感があったので、彼から秘密が漏れることはないだろうと思った。
ハロルドはフランツに甘えたい気持ちになっていたが、しかし、抱きしめられていると段々と恥ずかしくもなってくる。
「支隊長、あの…… そろそろ……」
離れようとしたが、フランツはハロルドを抱きしめたままだった。
「泣きたいだけ泣いてスッキリすればいい。俺の前ではいくらでも弱音吐いていいんだ。俺はお前の保護者みてえなもんだからな」
「………………子供扱いしないでください」
大人のフランツにとってはハロルドは子供で、たぶん絶対ないけど、恋愛対象にはならないのだろうなと思ったら、ちょっと心がささくれ立ってしまって、思わず唇を尖らせて抗議した。
見上げると、フランツが少し笑っている。
「子供だろ。あんなネグリジェ着て、✕✕✕だってまだ生えてねぇくせに」
「生えてますよ!」
下方向の話題になり、ハロルドは思わず赤面して叫んだ。
ハロルドは支隊に来てから入浴は一人きりで済ませていたが、あの襲撃を撃退して血まみれになった日、朝日が登る頃にフランツと再会したが、ハロルドの酷い有様に慌てたフランツは、戦闘直後の残務処理を近くにいたショーンに丸投げし、ハロルドを抱えて大慌てで寮に帰った。
わーわー言いながら支隊長専用の風呂場に直行し、フランツはシャワーを浴びせようとハロルドの服を脱がそうとした。
普通は上から脱がせる気がするが、なぜかフランツはハロルドの隊服の下から手を付けていて、素早い手付きでベルトが外されたと思ったら、そのまま脱がされた。
呆然としていたハロルドはそれまで成されるがままだったが、そこで正気に戻り、まるで痴漢に遭遇したかのように悲鳴を上げてすぐさまフランツを浴室から叩き出し、鍵を掛けた。
一瞬だったが、フランツには見られている。
ハロルドの下は、全く生えていないわけではなく、薄いけれどそれなりには生えている。
ただし、染めている髪や、時にはマスカラも使って誤魔化している眉毛とは違って、下は白色のままだから、一瞬ではわかりづらくて無いように見えたらしい。
その時フランツは一緒にシャワーを浴びるつもりだったようだが、そこは断固拒否した。
けれどその後は心配しすぎるフランツに流される形で、彼の寝台で一緒に休むことになり、お互い徹夜だったので昼過ぎまでぐっすり寝ていた。
次の夜もフランツに一緒に寝ようと言われたが、ハロルドは断って自室で寝て、そして翌朝墓参りに誘われて今に至る。
墓参りを終えて支隊本部に出勤する道すがら、ハロルドは一つの提案をすることにした。
「……あの、ジェフリー副官の遺品の整理を、俺にも手伝わせてもらえませんか?」
昨日寮の支隊長の部屋に入ってわかったが、フランツの部屋は木箱に入ったジェフリーの私物で溢れていた。隣の専属副官の部屋に通じる内扉をフランツが使わなかったのも、荷物があって扉を開けられなかったからだとわかった。
ハロルドはここ二日間落ち込んでいたが、反対にフランツは獣人たちの襲撃を退けられたことに大変安堵していたようで、あの夜に見た恐れの感情が嘘みたいに機嫌が良く、表情もどこか晴れ晴れとしていた。
以前のフランツはジェフリーの名を聞くと暗い顔をしていたが、現在はジェフリーの墓参りをしてもそんな様子にはならなかったので、もしかしたらフランツはジェフリーの死を乗り越えたのではないかと思った。
なので、片付け魔のハロルドは、フランツの部屋の片付けを少しでも手伝いたいと思った。
「……そうだな、頼めるか?」
フランツがハロルドの提案に優しい表情で頷いてくれたから、この人がいる限りは、彼のそばで銃騎士として頑張ろうと思った。
添い寝は初回以外は断ったハロルドだったが、歩きながらフランツが繋いで来た手は――たぶん保護者的な意味合いからの行動なのだろうと理解し――振り払わずに、自分でも彼の手を握り返しながら、共に道を歩いた。
第三章終わりです。




