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変態おじさんと不良銃騎士と白い少年  作者: 鈴田在可
第三章 不良銃騎士と専属副官

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31 一つに繋がってるって証です

「伝令! 東側の阻塞(バリケード)が破られそうです! 至急応援要請!」


 初めての戦場に圧倒されつつも、銃騎士隊側が優勢である砲撃の応酬を見守っていたハロルドは、その伝令の声を驚きと共に受け止めた。


 砲撃戦の様子から、『銃騎士隊が勝つに違いない』と心のどこかで思っていたが、ここは戦場だ。何が起こるかわからないし、負ける可能性だってあるのだと、ハロルドは身体に嫌な汗を掻いた。


 フランツはこの北東部にいる隊員たちから応援に出せそうな者を選び、素早く指示を出していた。しかし、元々人員は少ない。


 伝令係は別動隊へも応援を要請する為にすぐにここを出たが、東側へはこの北東部が一番近い。


 この場所からの応援の人員配置をどうするかが、獣人たちの上陸を左右する大事な局面であると、ハロルドも気付いていた。


 フランツは専属副官であるハロルドを応援の人員には選ばなかったが、ハロルドは今こそが、稀人(まれびと)である自分が役に立つべき時だと思った。


「俺も出ます、支隊長」


 それまで凛々しい姿で勇敢に獣人たちとの戦闘の指揮を執っていたはずのフランツは、ハロルドの発言で、初めてその美しい碧色の瞳を泳がせて動揺していた。


「い、いや…… しかし……」


 フランツは言い淀み、ハロルドの進言に躊躇いを見せていた。けれど、この島の人々を守りたいという強い意志を滾らせたハロルドの表情を見たフランツは、それ以上の言葉をかけあぐねたらしく、しばしの逡巡の後に、ハロルドも東部の応援に向かうことを許可していた。











「チビっ!」


 ハロルドは待機させていた馬に乗ろうとしていた。とはいえ馬には限りがあるので、来た時はフランツと相乗りだったが、今は先輩銃騎士に相乗りさせてもらおうと、その背に乗り込む所だった。


 しかし、叫ぶようなフランツの声に、何事かと動きを止めた。


「チビ……! チビっ……!」


 夜の闇でフランツの顔色はよくわからないが、切羽詰まったような表情をしている。心配になったハロルドはフランツに駆け寄った。


「先に行っているぞ」


 ハロルドだけをじっと見つめて視線を外さない支隊長が、ハロルドに個人的な話があるように見えたのか、先輩銃騎士たちはそう言って馬に鞭を入れ駆けて行った。


 フランツは目の前に来たハロルドの肩をガシッと掴んだ。


「行かなくていい。お前のことは俺が必ず守るから、俺のそばにいろ」


 あの「守るから」発言は、ハロルド個人に向けたものだったらしい。


 しかしハロルドは首を振った。


「そういうわけにはいきません」


「だが、一歩間違ったら死ぬかもしれない。危険だ」


 ハロルドはフランツのその発言には面食らった。

 

「そんなの、みんな同じじゃないですか」


「お前、年はいくつだ?」


「えっと、十五ですけど」


 ハロルドは春に十五歳になったばかりだった。


「俺の半分程度しか生きてねえじゃねぇか。この支隊ではお前が一番チビなんだ。俺はお前を守らなきゃいけねぇんだ」


 フランツが、自分を守ろうと思っていたことは正直嬉しいと思ったが、銃騎士になった時から、命の危険があることは覚悟している。


「あの、支隊長…… 副支隊長から俺のことは聞いていると思いますが、俺、結構強いので、大丈夫です」


 フランツが自分のことをものすごく心配しているのはわかったし有り難い。けれど今はそんなことを悠長に話している場合ではないし、稀人であることは秘密だが、自分はカイザー副支隊長を負かせるくらいなので、大丈夫だと伝えるつもりでそう話した。


 しかし――――


「ジェフだって強かったんだ。あいつは俺よりも強かった。だけど死んだ」


 爆風の熱気もあってか周囲は全く寒くないのに、フランツの身体が急にガタガタと震え出した。


「俺がミスったんだ。あいつを行かせるべきじゃなかったんだ。ジェフを死なせたのは俺なんだ。


 俺はもう、俺の采配ミスで誰も死なせたくないんだ……」


 フランツはそう言ってボロボロと涙を流し始めた。


 砲撃の閃光で照らされたフランツの顔色が悪すぎる。まさに顔面蒼白で呼吸も異様に早いし、身体が震えて何かに怯えている様子だった。


(これ、トラウマだ……)


 瞬時にハロルドはそう思った。かつて、ハロルドの四姉ヒルダも同じような症状に見舞われていた。普段は平気なのに何かのきっかけで辛かったことを思い出して、苦しむ症状だ。


 これまで共に過ごしてきてフランツがこんな症状になったことはないし、むしろフランツは年上でしっかりしていて頼りがいがあるなとハロルドは思っていた。


 ジェフリー副官のことで暗い顔をしているのを見たことはあったが、こんな風に弱々しい姿を見るのは初めてだった。


 島に心のお医者さんがいるかはわからないが、支隊長のスケジュールに通院は入っていなかったし、獣人との大掛かりな戦闘なんて、ジェフリーが亡くなってからは初めてだろう。


 もしかしたらトラウマの酷い症状が今回初めて出たのではないかと思った。


「俺は死にません、大丈夫です」


 ハロルドは咄嗟に、一回り以上年が上で背も高い大人の男性をぎゅっと抱きしめた。


「大丈夫です、死にません。俺は死にません。約束します。必ず生きて支隊長の元へ戻ります。俺は死にません。少なくともあなたよりは長生きします。約束します」


『自分は死なない』と何度も声をかけながら抱きしめ続けていると、フランツの震えは少しだけ収まってきたように思えた。


「…………死なない…… 本当に、か?」


 黙って震えるだけだったフランツが言葉を発したので、ハロルドは嬉しくなって笑顔を見せた。


「はい、約束します。俺はあなたを残して死んだりしません」


「お前が死んだら俺も死ぬぞ」


 中々に重い言葉が返ってきてハロルドの笑顔が引きつりそうになるが、フランツが至極真面目な顔をしていたので、彼はかなり本気のようだと理解した。


 自分の命に支隊長の命が乗っかってきたので、絶対に長生きしなければとハロルドは思った。


 フランツのことだけを考えれば、大丈夫だと言ってここで彼を慰め続けた方が良いのだろうが、今はそうも言ってられなかった。


(何かないかな……)


「約束」の証になるようなものはと考えて、隊服のポケットなどを探ってみたが、急いで出てきたので武器以外の物はほぼ何も持っていなかった。


 あるのは、現在戦闘に備えて長髪を一つに結わえている、義兄ケントからお守り代わりにもらった髪結い用の組紐だけだ。


 迷ったが、事情を話せばケントも許してくれるだろうと思い、ハロルドはその組紐を剣で真ん中から半分にした。


 元々の長さはそこそこあったので、半分にしても髪を結うのに支障はなさそうだった。切った部分をほどけないように硬く縛ってから、一方をフランツの手首に巻きつけた。


「この組紐は、お守りとして義兄(あに)からもらった大事なものなんです。片方をあなたに預けます。


 この紐は元は一つです。離れていても、俺と支隊長の命は、一つに繋がってるって証です」


 まかり間違って支隊長が死を望んだりしませんようにと願いを込めて、そう説明した。


 フランツは無言のまま、ハロルドが手首に巻いた組紐をじーっと見ている。


 フランツの震えは止まっていて、状態は先程よりも安定しているようだった。


 ハロルドは、たぶんフランツは「副官」をまた失うのが怖いのだろうなと思った。


「その、ジェフリー副官の代わりなんて、俺では到底務まらないかもしれませんが――――」


「ハロルド」


 言葉の途中で遮るように名を呼ばれた。


 フランツに名前を呼ばれたのは初めてだったので、ハロルドはとても驚いた。


「違う。代わりじゃない。お前は俺の、大事な部下だ」


 ドーン、と砲弾の炸裂する音が幾度も空気を震わせていて、しばし見つめ合う二人を閃光が照らした。


「名前、初めて呼んでくれましたね。すごく嬉しいです」


 ハロルドは本当に嬉しかったので、とびきりの笑顔を見せてから、下ろしてしまっていた髪を手早くまとめて、気合いを入れるように組紐で一つにきつく縛った。


「支隊長、俺、行きます」


 ハロルドの姿をじっと見ていたフランツは、何も言わなかったが、今度は制止はせずに、ハロルドに向かってコクンと一つ頷いていた。


 ハロルドも緊張の面持ちで頷き返してから、ちょっとだけぼーっとしているようにも見えるフランツに後ろ髪引かれる気持ちを残しつつも、走り出した。


(支隊長、大丈夫かな。心配だけど、でも今は……)


 馬はまだ残っていたが、たぶん自分で走った方が速いかもと思ったハロルドは、全力疾走した。


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《転章直前と転章以降の時間軸の、本作品以外のシリーズ別作品に書いたハロルド周辺の話のまとめ》
※【 】の中はその時のフランツの状態やフランツとの関係性など

・シリーズにハロルド初登場とハロルド家族(父、四姉、五姉、六姉)が出てくる話【フランツと出会う前】
「その結婚…」の恋の危機編の「遠距離 2」から「同期と上官 3」あたりまでの約6話

・ハロルドたちが南西列島へ出立する直前の話【フランツと出会う前】
「その結婚…」の恋の危機編の「ハロルドの秘密」と次話「「彼女」との別れ」の2話

・南西列島に着いて以降、ハロルドが戦闘能力高めと仲間にバレていた話【フランツとは単に上司と部下】
「その結婚…」の恋の危機編の「友の実力」と次話「届かない便り」の2話

・南西列島が獣人に襲われたらしいと首都に伝わってる話【フランツにとってこの時にハロルドが特別な存在になる】
「その結婚…」の首都からの撤退前編の「アンバー兄妹 2」の後半部と、次話「銃騎士隊の魔王」の後半部の2話

・ハロルドとフランツの微ラブラブ話【フランツのハロルドへの思いは友情以上恋愛未満】
「その結婚…」の悲恋編の「慣れない距離感」

「その結婚…」の悲恋編の「告白」と、
次々話「ヒーロー(仮)は遅れてやって来る」にもハロルド視点の話あり

・【フランツ、ハロルドの服を乱す→胸を見る→殴られて恋と気付く】
「その結婚…」の悲恋編の「三角関係?」
と、
「その結婚…」の悲恋編の「疑問解消せず」の中頃 に脱がされシュチエーションになるまでの経緯等の説明あり

・フランツ、夜な夜なハロルドの寝袋に侵入する(セクハラ止まり)【フランツ、アタック中】
「その結婚…」の悲恋編の「疑問解消せず」の前半部

・ハロルドがゼウスを守ろうとして危機が去った後に、(以降は本編持ち越し)フランツたぶん襲いながら告白する予定【フランツぶち切れ】
「その結婚…」の悲恋編の「襲来」 と、次話「命を張らせないでよ」の2話


※※※


今作品はシリーズ別作品

完結済「獣人姫は逃げまくる ~箱入りな魔性獣人姫は初恋の人と初彼と幼馴染と義父に手籠めにされかかって逃げたけどそのうちの一人と番になりました~」

の幕間として書いていた話を独立させたものです


ハロルドの思い人であるゼウスの恋模様がわかる別作品

完結済「その結婚お断り ~モテなかったはずなのにイケメンと三角関係になり結婚をお断りしたらやばいヤンデレ爆誕して死にかけた結果幸せになりました~」(注:異性恋愛もの)

こちらもよろしくお願いします
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