29 専属副官の部屋
その夜、ハロルドはゼウスやアランたちに振る舞う昼食用のお弁当の仕込みをしていた。
最初は「より良い筋肉を育てるために」と言ってショーンが一人で「育筋弁当」を作っていたが、毎日では大変だろうと思い、料理が嫌いではないハロルドはショーンに「育筋弁当」の作り方を教わって、日々の訓練でヘロヘロになっているゼウスたちのために交代でお弁当を作っていた。
支隊長の専属副官になったハロルドは他の一般隊員たちよりも優遇されていて、台所もお風呂も完備されている寮の一人部屋を当てがわれていた。
ハロルドの部屋は、支隊長の専属副官用の部屋であり、ハロルドの前任者、故ジェフリー・フロスト専属副官が生前使用していた部屋でもある。
ジェフリーの殉職後、この部屋は手つかずでそのままにされていたが、ハロルドがいきなり副官に任命されたことで専属副官の部屋を空けねばならぬと、副支隊長カイザーの主導により急遽部屋の片付けが実行された。
ハロルドが支隊に赴任した日、フランツは支隊長の部屋で夕刻までハロルドに専属副官の仕事を教えていた。
だからフランツは、ジェフリーの荷物が勝手に部屋の外へ運び出されていたことは知らなかった。
ジェフリーの部屋をフランツの許可なく片付け始めたことを巡って、フランツとカイザーは言い合いをしていた。
獣害孤児であったというジェフリーには身寄りがなく、遺品の引き取り先もないらしい。カイザーもすぐに荷物を処分するつもりはなくて、とりあえず支隊の倉庫にでも移動させ、まずはハロルドのための場所を確保しようとしたらしい。
ハロルドは「片付け魔」だ。ハロルドのための部屋を整えるのだから、自分も片付けに参加した方がいいのかなとも思った。
しかし、カイザーと口喧嘩しながらも、フランツがずっと苦しそうな顔をしていたから、事情を良く知らない自分がしゃしゃり出てもろくなことにはならない気がして、成り行きを見守るだけにした。
論争の末、カイザーは渋い顔をしていたが、ジェフリーの荷物の大半がフランツの部屋に運び込まれることで一旦の決着はついた。あとはフランツが少しずつ遺品を整理していくらしい。
それから、この専属副官の部屋は隣室の支隊長の部屋と扉一枚で繋がっていて、廊下に出ずともお互いの部屋の行き来が可能らしい。
ハロルドはこれまでの訓練生時代の遠征等では、男用の共同風呂に入るしかなくてとても大変だったので、寮の共同風呂ではなくて、一人でのんびりとお風呂を使える環境はありがたかった。
専属副官になっていなかったら毎日他の隊員たちと風呂に入っていたかもしれないし、もしかしたらゼウスと同室になるのはアランではなくてハロルドだった可能性もあって、そんな毎日煩悩と戦わねばならないことにはならなくて本当に良かったと思った。
(そうだ、支隊長のお弁当の分も準備しないと)
支隊の母島勤務の面々は、大抵朝も昼も寮のおばちゃんが提供する食事を食べている。支隊長もたぶんそうだと思うのだが、昼間、仕事の合間に趣味の話になった時に、「チビは料理もするのか?」と仲間の弁当を作っていることを驚かれた。
話の流れで「俺も食べたい」と言われて、明日は支隊長の分もお昼のお弁当を作ることになっていた。
フランツはハロルドのことを「チビ」か「おい」としか呼んでこないので、何だか支隊長のペットになったような感じだなぁと思わなくもないが、嘲って呼んでいる雰囲気でもないし、彼にとって自分は身内のような立場なのだろうと何となく察したので、呼び方の訂正は求めずにそのままにしている。
ハロルドは弁当の仕込みをした後に部屋のお風呂に入った。湯上がりには南国の陽差しに負けないようにと、毎日のお肌パックも欠かさない。
やるべきことをパパパッと手際よく終わらせたハロルドは寝台に横になると、睡眠不足はお肌の敵とばかりに早々に寝ることにした。




