26 一番隊南西支隊
港から船に乗り約二日。ようやく辿り着いた支隊本部のある南西列島の母島にて、ハロルドたちは着任式という形で支隊の面々との対面を果たした。
広範囲にわたり点在する島々から全支隊員を呼び出すと警備がおろそかになってしまうので、それぞれの島から数名の銃騎士たちが代表としてやって来ていた。
ハロルドたちが整列していると、一番最後に支隊長と副支隊長、それから副支隊長専属副官の三人がやって来た。
先の獣人との戦いで殉職してしまったのは支隊長の専属副官であり、確かまだ新しい副官は決まっていないという話だった。
南西支隊の最上官の姿を見たハロルドは目を見張った。やや気だるげな雰囲気をまとうその支隊長が、ハロルドの好みそのままズドンな金髪碧眼の美形だったからだ。
エリックとゼウスもそうだが、ハロルドは金髪碧眼の美形に弱かった。
首都までは遠すぎるために南西支隊の面々は新年祝賀パレードの参加を免除されている。支隊長の名前こそ知ってはいたが、彼――――フランツ・クラッセン一番隊南西支隊長を直接見るのは初めてだった。
切れ長の眼差しをしたフランツはそこに立っているだけで凛々しく、まるでどこぞの貴公子のようではあるが、実際に支隊長は貴族の血を引いている。
東の方にあるクラッセン伯爵家の当主が平民に手を出して生まれた子がフランツだ。彼は子供の頃にクラッセン家に引き取られたが、妾の子として正妻に嫌われていて、現在伯爵家とは疎遠であると聞いている。
貴族社会の闇みたいなものを背景に持つ美形支隊長は、やはりどこか気だるげな雰囲気のまま赴任する者たちにしっかり励めというようなどこか当たり障りのない挨拶をしたあと、あまり熱意が感じられない様子で佇みながら式の様子を見ていた。
着任式後、それぞれの島への配属が発表されて、配属先ごとに懇親会をしろという流れになった。首都から共にやって来た者たちとはここでばらけてしまうが、ハロルドはここでもまた運良くゼウスと同じ配属先になれた。ハロルドは心の中で歓喜してこの幸運を神に感謝した。
ハロルドとゼウスと、それからアランのちょうど年下三人組だけが支隊長の元で母島勤務することになった。
支隊長班は母島勤務なこともありほぼ全隊員が着任式に来ていた。配属先発表直後、着任式会場で同じ島を守る銃騎士たちに囲まれて自己紹介などをしていると、そこにふらりとフランツ・クラッセン支隊長がやってきた。
「あとはお前らで適当にやってくれ。ショーン、あとは頼む」
「はぁい、かしこまりました」
支隊長はハロルドたちを囲む輪の中にいた、がっしりとした身体付きだが少しなよなよした感じのショーン・ジュエル副主幹に声をかけてから、離れて行く。
(なんだかあまりやる気がなさそうだけど大丈夫なのかなあの支隊長)
気になってフランツの背中を目で追っていると、彼はすぐに眼鏡をかけた黒髪で生真面目そうな雰囲気の副支隊長――――カイザー・ロックウェル主幹に声をかけられていた。
フランツはカイザーから受け取った一番隊長からの伝令を広げて眺め、そしてチッと舌打ちをした。
「またかよあの一番隊長…… 俺が一番隊長なんかやるわけねえだろボケって返事しとけ」
ジョージ隊長が自分の後を任せられるような適任者を探していることは知っていたが、フランツ支隊長を指名しようとしていたことは知らなかった。
それにしてもこの支隊長、綺麗な見た目に反して口はものすごく悪そうだなと思いつつ、一番隊長の人事なんて自分にはあまり関係ないかと、ハロルドは視線を支隊長班の輪の中に戻した。
ハロルドのすぐそばでは、ゼウスとアランの様子が変だった。
ゼウスは魂を彼方に飛ばしかけていて現実逃避に救いを求めているようだし、アランは取り繕うように笑みだけ張り付かせてはいるものの、血の気が失せたとでもいうのか明らかに絶望に支配された表情をしている。
一応さっきからこの場の会話の流れは耳にしていたので、状況はなんとなくわかる。
「うふふふふ、びっくりだわぁ! まさか揃いも揃ってこんな美形男子たちが新しく入ってきてくれるだなんて、ショーン嬉しい! しかも私が教育係だなんて最高だわぁ! 張り切ってみんなの教育係を勤めさせてもらうから安心してね! うふふ、ああもうみんな可愛い! 食べちゃいたい!」
おそらくハロルドに近い存在だと思われるこの人がハロルドたちの教育係のようだ。二十代半ば頃ほどと思うが、彼は同年代の銃騎士たちと同じかそれ以上に鍛えられた鋼のような立派な体躯をしている。しかし立ち居振る舞いについてはどこかなよなよしていて女性のようだった。
ショーンは銃騎士隊の隊服をきちんと来ていたが、緩く波打つ栗色の髪を片側で縛っているリボンは女性向けらしい桃色の可愛らしい一品だし、口元には紅を引いていて化粧もしている。
ハロルドは時々ブレそうになるが自分が男であるという意識は持っている。しかし仕草や喋り方などから推察するに、この人の場合は中身が完全に女性という感じなのかもしれない。
ゼウスとアランは強烈な人が教育係になってしまったと思っているようだったが、ハロルドにとってはそこまで気にするほどでもなかった。
二人に先立ち、よろしくお願いしますと挨拶をすると、上機嫌で微笑みながら三人をまんべんなく見渡していたショーンの首がぎゅんっ、と動いて、榛色のキラキラしい瞳がハロルドを捉えた。
「あらぁー、あなたが一番いい子っぽいわあ! オネエさんは礼儀正しい子は大好きよ!」
(オネエさんって認めた……)
ショーンがよろしくねと手を差し出してきたのでハロルドは恐縮しつつも握手をした。流れで抱きついてきても良さそうなのにそれをしないので、野太い声で操るオネエ言葉や見た目とは裏腹に、この人は結構まともそうかもと思った。




