23 推察
「そんなわけです。すみませんアスター先輩。スノウをどうか守ってやってください。よろしくお願いします」
「いや、謝らないでくれ。こちらこそハルの事情を知らずにスノウと添わせようとしてすまなかった」
アスターはハロルドの性癖を聞いて最初こそ驚いてはいたが、もう平常時に戻っていた。
アスターのハロルドに対する対応は、同性愛者だと知る前と後とで全く変わらない。
養成学校時代、アスターとゼウスとレインの四人でトランプをしながら、この中で自分の秘密を知っても一番態度が変わらず受け入れてくれるのは誰だろうと考えたことがあったが、何度考えても毎回答えはアスターだった。
アスターはかなり肝が座っているので、このくらいのことでは動じないのだ。そんな彼だからこそ、知られても構わないと思った。
そして実際にその予想は当たって、ハロルドは本当の自分自身を受け入れてもらえたようで嬉しかった。
「セレスの母親だから幸せになってほしくてさ…… てっきり俺はスノウがハルのことが好きなんだと思っていたんだけど、俺はスノウの感情を読み違えていたみたいだ」
確かにスノウは少し改善の兆しがあるとはいえ、今も自分の感情をあまり表には出してこない。分かりづらいのはその通りだと思った。
そこでふと、ハロルドはとあることに気付いた。
「……アスター先輩、スノウとセレスちゃんに出会ったのは、一体どこの場所だったんですか?」
「ん? 場所は都内だ。初めてスノウの腕に抱かれたセレスを見た時のことは、衝撃的な光景すぎて、今でも瞼の裏に焼き付いて離れないくらいはっきりと覚えている」
「そう、ですか……」
おそらくスノウは暴漢たちに殺されかけてエリックを失い、赤子のセレスを連れて途方に暮れていたはずだ。見た目のこともあり社会経験もあまりないだろう彼女は、自分の力だけで生きていくのは困難だったはずだ。その時スノウは誰かに助けを求めようとしたのではないかとハロルドは思った。
ハロルドが銃騎士になったことはエリックを通してスノウも知っていたはずだ。けれどスノウが探して頼ったのはハロルドではなく、アスターだった。一番隊に勤務し、首都に在中している自分ではなく、三番隊勤務のアスターに。
スノウはきっと、他でもなくアスターを探すために都内までやってきたのではないかと思った。
助けてくれるなら誰でも良くて、たまたま先にアスターを見つけただけという可能性もあるが、ハロルドはセレスを腕に抱くアスターを見つめるスノウの瞳に、温かいものが宿っているような気がした。
もちろん無表情なままなのですごく分かりにくいし、アスターと子を成したことでより仲間としての思いを強くしただけなのかもしれないが、ハロルドの勘が、これは恋愛感情に近いものなのではないかと告げていた。
「それがどうかしたのか?」
「……いえ、ちょっと気になったので聞いてみただけです」
「? そうか」
アスターは少し首を捻っていたが、ハロルドの質問についてはあまり気にかけなかったようだ。
「すまないハル、一緒に来ないのであれば俺たちはもう行く。これ以上ここで立ち話をしていたら誰かに見つかってしまうかもしれない。他の銃騎士隊の面子に見つかったら厄介だ」
「アスター先輩、俺はそれでもいつか先輩が銃騎士隊に戻ってきてくれたらいいなって思います。セレスちゃんの子育てが一段落してからでもいいので」
「うーん、それは難しいと思うぞ。稀人でありセレスの親でもある俺には銃騎士で居続けることに自己矛盾がある。俺はお前の方が心配だけど。いつか稀人であることと銃騎士であることの板挟みになるんじゃないかって」
アスターの言わんとしていることはなんとなくわかる。
ハロルドは曖昧に微笑んだ。
「すみません、先輩。俺はもう少しここであがいてみます」
「わかった。もし行き詰まったらレインに声をかけてみてくれ。あいつは俺のこれから行く先を知っているし、俺との連絡役は引き受けてくれるはずだ。銃騎士隊の先輩ではなくなるけど、俺だって後輩のためにまだ何か力になれることはあるはずだ」
「はい、困ったら頼ります。ありがとうございます、先輩」
ハロルドはそのまま去っていく三人を見送った。
結局ハロルドは、自分の推察をアスターに伝えなかった。
セレスのことを考えると両親が愛し合っていた方がいいのだろうと思うが、アテナのことを考えるとこれで良かったのかなとも思うし、きっとここから先は、彼ら自身が気付いていくべきことだと思うから。




