22 カミングアウト
「アスター先輩、銃騎士隊に戻って来てくれませんか?」
寝てしまったセレスをスノウから受け取って腕に抱えたアスターに、ハロルドはそう告げてみた。
アスターは首を振った。
「俺は戻らない。セレスを愛しいと思えば思うほどに、獣人を斬ることなんてもうできない。それに辞表だってもう出してしまった」
「オーキット隊長が辞表の受理を止めているそうです。今ならまだ間に合います。戻ってきてください。みんなそう願っています」
マクドナルドの名を出すと、アスターが目を伏せた。
「ごめん。本当にごめん。マック隊長にはお前からよろしく言っておいてくれないか。こんな不義理な部下のことなんか忘れてくれって」
やはりアスターは頑なだ。
「アスター先輩、俺だって獣人に近い性質を持つ自分が銃騎士を続けることに少しだけ違和感はあります。リックの研究からセレスちゃんみたいな事例を知ってしまうと尚更ですし、アスター先輩はセレスちゃんの親なのですから、獣人を狩りたくないと思う気持ちもわかります。
だけど、獣人王シドみたいなどうしようもない極悪なやつはやっぱりいるわけで、獣人による犯罪はいつまでたってもなくなりません。獣人の脅威から人々を守る仕事は絶対に必要なんです。
俺は獣人に近い稀人です。普通じゃないです。でもそのおかげで普通の人間よりは強いです。俺は与えられたものを最大限使って、人々を、大切な人たちや家族を守りたいんです。俺はそれが自分に課せられた使命だと思っています。
獣人が斬れないなら斬る必要もないし、殺す必要もない。ただ守ればいいって思います」
ハロルドは銃騎士でいることは人々を守ることに繋がると言う。
「俺だって出会った獣人全てを殺してきたわけじゃない。殺さずに生け捕りにしたことも多い。でもそいつらのほとんどが結局は処刑された。人間を一度も害したことがないような奴もいたけど、獣人であるという理由だけで死んだ。俺が捕まえなければそいつらはまだ生きていた。
セレスに出会うまでは俺はそのことに全く疑問を持たなかった。獣人は存在自体が悪そのものだと思っていたから、死んで当たり前、狩って当たり前だと思っていた。でも、今となってはそれは正しいことだったのかって思う。
今回俺が銃騎士隊をやめることは、そいつらに対する一つのケジメでもある」
アスターは銃騎士でいることは罪無き獣人を傷付けることに繋がると言う。
銃騎士である以上否応なく獣人を弑しなければならない場面には遭遇する。人間と獣人の対立という社会構造を変えない限りは無理なのだと。
ハロルドはアスターの主張に咄嗟には何も言葉が返せなかった。
ハロルドとアスターの考え方の違いは、獣人と直接戦うことが稀な一番隊にいたことと、対獣人の主力部隊である三番隊にいたことによるものだろう。
「ハル、俺たちはこの後別の国へ行くんだが、一緒に行かないか?」
アスターは難しい顔をしているハロルドに、他の銃騎士たちを避けつつもハロルドだけには接触してきた目的を話した。同じ稀人同士、行動を共にしようということのようだ。
「セレスたちを襲ってきた奴らが誰なのかはスノウにもわからないってことだったんだが、レインに頼んで探ってもらった所、この国のかなり上の方が関わっているらしいってことがわかった。
このままだといつまた命を狙われるかわからないし、俺はセレスを安全な場所で育てたい。俺は二人を連れて一旦この国を出るが、スノウと一緒にいたいならお前も来るか?」
「いえ、あの……」
なぜそこで理由付けとして「スノウと一緒にいたいなら」という話が出てくるのかがわからなかった。
「俺のことは気にするな。セレスの父親と母親ではあるが、俺とスノウの関係は本当にそれだけなんだ。体外受精で授かったからスノウとは一切そういう行為はしていないし、恋愛感情だってない。
まあ子供を一人産んでいるからコブつきになってしまうけど、セレスのことは俺が育てるから、二人きりで過ごしたいならそういう時間を取ってくれても構わないし、別々で暮らしてもいい。
ただ、やっぱりまだ母親が恋しい時期だから、母子が面会するのはかなり頻繁になってしまうかもしれないけど、そこだけはちょっと折れてくれ」
「あ、あのっ……! ちょ、ちょっと待って下さい! スノウとは別に、そういうんじゃないんで!」
ハロルドは戸惑いを通り越して頭が混乱しそうになっていたが、何とかアスターの言わんとしていることを理解して、否定した。
どうやらアスターの中では、自分とスノウは恋仲というか両片思いとでもいうのか、そういう存在になっているようだった。
「えーと、でもなんか約束してたんだろ? 将来一緒に暮らすんだ、みたいなの? スノウがハルも連れて行くって言ってきかなくて」
「約束っていうか、確かに迎えに来るみたいなことは言われましたけど、約束っていうのとはちょっと違うかと」
ハロルドの中ではあれはスノウの一方的な宣言であり、彼女の言葉に頷いて約束した覚えはなかった。
「でも少なくともスノウはお前のことが好きだと思うぞ」
なぜだかアスターはハロルドとスノウをくっつけようと目論んでいるように思えた。しかし男しか愛せないハロルドには土台無理な話だった。
「その『好き』は仲間意識みたいなものでしかないはずです」
「そうかな?」
ハロルドはそこでアスターではなくスノウに向き直った。
「ねえ、スノウも知ってるよね? 俺がゲイだってこと」
「うえっ?!」
横でアスターが驚いた声を出しているが、とりあえず今は放っておこう。
「知っている。私は大切な人たちと一緒に過ごすのが夢なの。セレスと、アスターと、ハロルドと、みんなで一緒に暮らしたい」
ハロルドは首を振る。
「『迎えに来る』って言ったから、律儀にその約束を守ろうとしたんだね。ありがとう。でもやっぱり俺はここにいたいんだ。だから一緒には行けない。ごめんね」
断っても、スノウの表情はそれまでとさほど変わらなかった。だけど少しだけ瞳が揺れている気がして、情緒を育たせる機会を奪われて人形のようになってしまっていた彼女の、これは歓迎すべき変化なのではないかと思った。




