21 セレスの正体
「スノウ!」
涙目のままのハロルドがいきなり大きな声で呼びかけたので、スノウの腕の中で寝そうになっていたセレスが驚いた様子でぴくっと反応した。しかしスノウ自身はやはり感情の読めない顔でこちらを見つめているだけだ。
「恋人のいる男性の子供を産んだらが相手の女性が死ぬほど傷付いて悲しむってどうしてわからな――ぐっ! んぐぐっ!」
「だから! でかい声を出すなって!」
勢い込んで話すハロルドの口をアスターが再び覆った。
アスターに抑えられたハロルドはまた暴れそうになっていたが、スノウがいきなり声も立てずにポロポロと涙を流し始めたのを見て、動きを止めた。
(あ、あれ……?)
ハロルドはちょっとびっくりした。スノウの情動は死んでいるとばかり思っていたので、まさか泣くとは思わなかった。
「ご、ごめん、ちょっと言い過ぎたよ。泣かないで、スノウ」
アスターが手を離したので、ハロルドはすぐに謝った。セレスを抱えて泣きながらその場に蹲ってしまったスノウに近寄って、なだめるように彼女の背中をさすった。ハロルドは自分の言動が原因で女性を泣かせてしまったのは初めてだったので、いたたまれなくなってきてしまった。
「ごめん、なさい…… ごめんなさい……」
スノウにも罪の意識はあるようだった。
「おとうさんの役に立ちたかったの。私に外の世界を見せてくれたおとうさんの夢を叶えて、恩返しがしたかったの。
それに仲間の赤ちゃんを産むことは世の中の役に立つって言われたから、いいことなんだって思ってた。その役目を果たすことが私が生まれてきた理由なんだって思ってた。苦しむ人がいるだなんて思わなかった」
結局はスノウだって自分の身体を研究材料にされてしまっただけなのだ。
「リック――――いえ、エリック・ホワイトは今どこにいるの?」
全ての責任は、これを仕組んだエリックにある。とりあえずとっ捕まえてふん縛って、アスターとアテナと、それからスノウにも土下座お詫びを一万回以上はさせなければ。
「それが実は、あの変態オヤジは今行方不明になっている」
問いかけに答えたのはスノウではなくて、背後のアスターだった。
「行方不明、ですか……?」
不穏な答えにハロルドは驚いた。
「ああ。数ヶ月前までスノウはセレスと共にあの変態男と一緒に暮らしていたらしい。だけどある日突然、武装した男たちの集団が家に押し入ってきて、あの男だけを連れ去って行ったそうだ。今頃どうしているのかはわからない。殺されている可能性はある」
「そんな……」
ハロルドはその場に立ち尽くし、絶句していた。
あの時、エリックが五年ぶりに自分の前に姿を現したあの時に、もしもハロルドが意地を張らずにエリックと共にあることを選択していたら、そんなことにはなっていなかったのではないかと思ってしまった。
自分だったら、もしかしたら襲ってきた奴ら全員を退けて、エリックを守ることができたかもしれない。
だけどあの時はようやく念願叶って銃騎士になれたばかりだったし、愛する家族やゼウスと離れる選択をするなんて、到底できなかった。
「そいつらはセレスとスノウを家の中に置き去りにした状態で、家を爆破させて木っ端微塵にしていったそうだ」
「ば、爆破?!」
ハロルドは思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。スノウが怪我をしているのはそのせいか。
「そうだ。そいつらの狙いはあの男の研究結果だったそうだ。あの男はセレスのことを論文にしていて、近々学会に発表する予定だったらしい。論文を突き詰めたら俺に対する犯罪行為も露呈しそうなものだけど、捕まった時はそれはそれ、とかスノウに言っていたらしくて、全くイカレたおっさんだよ。
だけどそれを発表されたら困る奴らがいたってことみたいだ。そいつらの目的はおっさんの研究結果を闇に葬ることと、おっさんの研究結果の証明であるセレスと、それから生き証人であるスノウを殺すことだったみたいだ。
まあ、稀人といえど人間と区別される者同士から獣人が生まれるだなんて、俺にも衝撃だったけど、これまでの世界の理が根底から覆されるからな。それを受け入れられないって考える奴がいるんだろう」
「じゃ、じゃあ…… この子は、獣人、なの……?」
ハロルドはかなり驚きながらセレスを見つめていた。
昔ケントから見せられた論文からエリックがその説を証明しようとしていたのは知っていたが、まさか本当に彼の言う通りになるとは……
スノウの胸の中で寝てしまったセレスを見つめていると、がしっと、アスターに痛いくらいの強さで肩を掴まれた。
「ハル…… まさかとは思うが、セレスを狩ろうだなんて考えてないよな?」
振り向いたハロルドは、真顔になったアスターの瞳孔が開いているのを見てしまった。声だって威嚇するように低くて恐ろしい。
ハロルドは咄嗟にぶんぶんと首を左右に思いっきり振った。
「ま、ま、まさか! アスター先輩の娘さんにそんな真似しませんよ! ちょ、ちょっとびっくりしただけで!」
ハロルドはアスターの懸念を全力で否定する。この人の宝物を傷付けたらどんな目に遭わされてしまうのか、考えただけで怖すぎる。
「そうか。ならいいんだけどな」
そう言いながらも、やはりまだ圧を感じる。
「は、はいっ! 絶対に手を出しません! 命を懸けて誓います!」
恐縮しながら約束する一方で、ハロルドはアスターが銃騎士隊を辞めようとしている理由がなんとなくわかったような気がした。




