1 変態おじさんと白い少女 1
変質者が出てきますので注意
ハロルド・シュトラウスには忘れたい過去がある。
それはまだ八才になりたての頃だったろうか。
その日ハロルドは公園での隠れんぼの最中に置き去りにされた。今思えば嫌がらせの一種だったのだろうと思うが、引っ込み思案で周囲との関係が上手く築けないハロルドにとっては、誂うためであっても遊びに誘ってもらえたことが嬉しかった。
山を模した大きな遊具の中にある洞穴の中に隠れたが、いくら待っても鬼はやって来ない。周囲では他の子供たちが見つけたり見つかったりなどしてはしゃぐ声が聞こえたが、こんなにわかりやすい場所にいるのにハロルドの所には誰も来なかった。
ふとハロルドは膝を抱えるようにして座り込んでいた体勢から顔を上げた。見つからないように息を潜めた状態でいた所、そのまま寝てしまったらしい。
気付けば周囲はかなり薄暗い。太陽は既に沈んでしまっていてもうすぐ完全な宵闇に覆われてしまう。他の子はどうしたのだろうと思いながらも、家族が心配するから帰ろうとハロルドは動き出し、洞穴の出口から外へ出ようとした時だった。
ふっ、と、ハロルドにかかるわずかな太陽の残滓の光が遮られた。周囲の闇が濃くなって、ハロルドは顔を上げる。
すぐそばに、知らない男の人が立っていた。
年は三十代くらいかなとは思うが、金髪に青い目をしていて中々に甘い顔立ちをしていた。イケメンが大好きな次姉が見たら飛び付きそうな容姿をしている。
「ハロルド・シュトラウス君」
男が低めの声でハロルドの名を呼んだが、ハロルドは返答に窮した。
(……誰だろう? こんな人知らない)
ハロルドの困惑を見ても、男に動じた様子はなかった。
「君にとても大切な用事があるんだ。だからおじさんと一緒に来てもらうね」
直後、口元に何か布のようなものを押し当てられたと思ったら、すぐに意識が遠のいていった。
目を覚ますと、ハロルドはどこか知らない部屋の中、両手を一まとめにするように手枷をかけられた状態で寝台に転がっていた。そして片方の足首にも、手枷と同じくかなり頑丈な造りの足枷がはめられていて、続く鎖の先は寝台の柵に繋がれていた。
何でこんなことになっているのかわからず、ハロルドは霞がかったような少しぼうっとした頭で部屋の中を見回した。
部屋には明かりが灯されて窓のカーテンは閉まっている。きっと今は夜なのだろう。
「うわあああっ!」
首を巡らして背後を見たハロルドは思わず叫び声を上げてしまった。寝台そばの椅子に十代前半くらいの少女が座っていたが、それまでは人がいるような気配なんて微塵もなかったのに、そこに人がいたことに驚いた。
少女はハロルドの叫び声を聞いても表情一つ動かすことはなく、生きているのか死んでいるのかわからないような雰囲気を身にまとっていた。まるで精巧に作られた人形のようだと思った。彼女の全ての情動が死んでいるかのように見えた。
しかしハロルドが驚いたのは少女の人間離れした雰囲気だけではなかった。
彼女はハロルドの地毛と同じ真っ白な髪色をしていたのだが、それは別にいい。自分もそれは同じだからだ。問題は、彼女の瞳の虹彩の色までが白いことだ。中央にある瞳孔の部分は黒く、虹彩の縁と中に線のようなものが入っているのはうっすらと見えるが、瞳の大部分が白い。
彼女の顔立ち自体は整っている方だと思うが、虹彩の色が白いだけで少女は異形の者のように見えた。
「お、お、お、お化けー!」
少女の存在自体がはっきり言って薄気味悪い。きっと人外の者に出会ってしまったんだと思ったハロルドは力の限りに叫び、少女と距離を取るべく寝台の端に寄ってガタガタと震え始めた。
「……」
化け物呼ばわりされているというのに、少女は怒るでもなく悲しむでもなく、先ほどから一切変わらない表情のままでハロルドを見ていた。
もしかするとやっぱり人形なんじゃないかとハロルドは思ったが、少女は時々瞬きをしていた。たぶん生きている。
少女は無言。ハロルドも震えながら無言である。しばらくこの状態が続くかのように思えたが、その均衡はすぐに破られた。
扉がガチャリと開くと、公園で出会ったあの男が部屋に入ってきた……
そしてハロルドは、全く以て意味がさっぱりわからない状態のまま、それまでの人生の中で最大の危機を迎えようとしていた。
薄ら笑いを浮かべている男の手には、縦に長い透明のガラス管が握られていた。
ハロルドは後ろから少女に拘束されていて動けなかった。逃げようと身をよじるが、少女の力がかなり強くて逃げられない。
ガラス管のフタを取り寝台の上のハロルドににじり寄る男の息はハアハアと荒い。
「さあ、ハロルド君…… 君の成長具合がとれほどのものなのかおじさんに見せてもらうよ…… 怖がることはない。これは世界平和のためには必要なことだからね…… 君の献身によって、皆が手と手を取り合う愛に溢れた争いのない素晴らしい社会が形成されていくのだよ」
男は意味不明なことを言いながら、ハロルドの衣服に手を伸ばし、股関の前を寛げようとしてくる。
「君の精液、ちょーだい」
ハロルドはあまりのことに顔面蒼白になり、恐怖で頬を引きつらせていた。
(へ、へ、変態だーーーーーーっっ!!)