18 彼女の選択
ノエル(アテナのハンター仲間)視点→ハロルド視点
「――――あの子は、だってあの子は、何も悪くないんだ」
赤髪の青年が泣きそうな顔で絞り出すようにそう言った。
アスターが愛情の板挟みになって苦しんでいるのはわかっていた。けれどノエルは、あの子を優先しているように聞こえるアスターの言い分には違和感しかないし、納得もしないし同情もしない。
ノエルは険しい顔でアスターを見ていた。
アスターだって被害者だ。
けれど事実がわかって以降、アスターの気持ちがあの子へ傾いているのは、アテナも肌で感じていたようだった。
アテナは話し合いの席で、もういい、と言った。
別れようと言ったアテナに、アスターはだだ頭を下げて、すまないと言った。
アスターは別れの撤回を求めることはせず、それを受け入れた。
アスター自身が、アテナと共に歩む未来を選ばなかった。アスターは、アテナかあの子のどちらを選ぶか選択を突き付けられて、結果、あの子を選んだ。つまりはそういうことだ。
けれどアスターが言わないから、アテナが言うしかなかった。
たぶんアテナは激高してアスターを激しくなじっても良かったと思うのに、アテナはそうしなかった。それまでの話し合いでは何度か泣いたり感情が高ぶったりもしていたが、最後の席だけは泣かなかった。
きっと、アテナは最後となった話し合いの前にはもう別れを決めていて、最後にみっともない姿を見せたくなかったのだろう。
『もう会いたくないし話もしたくない。これで終わりにしましょう』
瞳に隠しようのない悲しみの色を浮かべながらも、感情を欠落させたような淡々とした絶縁宣言と共に席を立ったアテナは、最後まで気丈だったと思う。
だけどノエルは、話し合いが終わって家に帰って一人になったアテナが、アスターを思って慟哭していたのを知っている。
ノエルは問題が明るみに出るまでは完全に二人の恋の部外者だった。ノエルがアテナと出会った時には既に二人は恋人同士だったし、アスターと懇ろにしているのを知ればアテナをそんな対象としては見られなかった。
むしろ最初アテナと出会った時、ノエルはアテナではなくアテナの相棒だったマグノリアに惹かれていた。
だからアテナに対して邪な思いなどないし、今もそんなつもりはない。
だけど、アテナは大切な仲間だ。
だから、これだけはどうしても言いたかった。
「アテナだって、何も悪くありませんよ」
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「アスターが銃騎士隊を辞めるって、お前何か事情を知ってるか? ゼウスから何か詳しいこととか聞いてないか?」
銃騎士隊本部で、ハロルドは一期先輩である同じ隊のアランに声をかけられた。
アランはゼウスと同じ年だが、アスターや彼の親友のレインとは同期だ。八方美人なアランは誰とでも仲良くできるため、年上である二人のことも呼び捨てで呼んでいた。
ハロルドは、人付き合いが苦手な自分とは真逆の性質を持つこの男とは当初距離を置いていた。入校前の出会いの件も手伝ってあまり良い印象もなかった。けれど、アランがハロルドの醸し出す余所余所しさなど全く気にせず話かけてくるので、次第にアランとは構えずに接することができるようになっていた。
そういえば養成学校時代にハロルドが班からハブられていた時に、養成学校の二年生だったアランも、ゼウスと同様にハロルドに声をかけてくれていたうちの一人だった。
その時は苦手な人認定していたのでうっとおしいとしか感じなかったが、今では気安い先輩の一人である。
ハロルドは首を振った。ハロルドもゼウス以外の人間からアスターが辞めるらしいと聞いただけで、詳しいことは何も知らない。
「俺も全然…… ゼウスは何も話してくれなくて……」
ゼウスに本当なのか聞いてみようとしたこともあったが、アスターの名前を出した途端、ゼウスの顔に怒りの表情が浮かんだ。ゼウスはすごく怒っているようだった。
『あの人の名前を俺の前ではもう二度と口にしないでくれ』
ゼウスの表情は憎しみに満ちていて、そんなゼウスはあまり見たくなかった。
「ハルでも駄目なのか? 俺なんかゼウスに話しかけようとしただけですっごい睨まれてさ。アスターの話題は一切出すなみたいに威嚇してくる感じで、ピリピリしてるから全然近付けなくて。
そっち方面の業界の人から聞いたんだけど、アスターの恋人のゼウスの姉ちゃんが、ここのところずっと体調不良で、仕事を休んでばっかりなんだって。
噂だと、アスターが浮気して他の女との間に子供を作って、それが原因で二人は別れたらしい」
「まさか! アスター先輩に限ってそんなことはないですよ! だって、結婚したいくらい大好きだって……」
アスターは、俺の方がアテナよりも彼女に惚れているんだと言って、困ったように笑いながらも、幸せそうにしていた……
「だけど、いつまでたっても結婚しなかったじゃないか、あの二人。
アスターは、婚約すらしてくれないって、酒飲んだ時にたまにぼやいてたぞ。
男女のことだし、まあ何か外野にはわからない色々なことがあったのかもしれないけど、でもだからって、それが原因で銃騎士隊まで辞めることないだろ。
あいつが銃騎士隊を辞めるなんて、人類の大損失だ」
「アテナさんと別れたことが直接の原因だって決まったわけじゃないですよ」
「そうだけど、でもそれ以外考えられないじゃないか」
アランはため息を吐いた。
「アスターの奴、辞表をマック隊長じゃなくて総隊長に出していったらしい。マック隊長が渋ってるらしくて受理はされてないみたいだから、今ならまだ間に合う。総隊長に土下座でもして撤回すればまだなんとかなる。
でも寮のアスターの部屋は既にもぬけの殻だし、叔父さんの家にもいない。あいつは本当にこのまま辞めてしまうつもりだ。
こんな時に止めなきゃいけないはずのレインもどこにもいないし、たぶん任務だとは思うけど、行き先は不明で、二番隊は秘密主義みたいなとこがあるから、よくわからん」




