16 不穏な影 1
年が明けた新春の第一日目。
籍だけは銃騎士隊の仲間入りを果たしたハロルドは、真新しい藍色の隊服に身を包んで同期と共にパレードの開始を待っていた。
本日は新しく銃騎士となった者たちのお披露目も兼ねている。晴れの舞台に緊張しながらも、ようやく銃騎士になる夢が叶ったと高揚する気分もあった。それは他の仲間たちも同じらしく、皆どこかそわそわとしていた。
パレードの直前、ゼウスがアスターに連れ去られていきなり先頭を務めることになったという突発的な事件があった。さり気なくゼウスの隣を陣取っていたハロルドは、ゼウスと共にパレードの行進ができなくなったと落胆したが、遠目でアスターの隣で馬上の人となっているゼウスはとても格好良くて、ゼウスが自分たちの代表になったのだと思えば誇らしい気持ちになれた。
大勢の見物客に囲まれながら歩くハロルドは気付かない。
群衆に紛れ、顔を隠すように帽子を目深に被った金髪の男が、主にハロルドと、それからパレードの先頭にいる二人組を狙ってしきりに写真撮影をしていることに。
パレード後は夕刻から配属先ごとの新年会に参加することになっていた。ハロルドは願いが叶って同じ隊に配属されたゼウスと共に一番隊の酒宴に参加した。
そこで新入隊員たちは祝いと称して先輩たちに飲まされるのが銃騎士隊の悪しき慣例となっていた。まだ誕生日を迎えておらず十三歳で未成年だったハロルドは難を逃れたが、既に成人していたゼウスは先輩たちに杯を注がれ続けていた。まだ酒に慣れない十代だとお手柔らかにされるとは聞いていたが、最終的にゼウスは泥酔とはいかないまでも、かなり酔いが回った状態になっていた。
きっと明日は酷い二日酔いに悩まされるに違いないという所で解放されてはいたが、隣にいるゼウスはとろんとした目になっていて、途中からハロルドに寄りかかり肩に頭を預けて今にも寝入りそうになっていた。
あまり見ることのできない隙だらけのゼウスを目の当たりにするのは新鮮で、ゼウスの体温を感じるとかなり胸がドキドキした。
このあたりまではまだ平和で、新年から良い目を見させてもらったなあ、などと浮ついていられた。
宴会がお開きになり、酔い潰れた者は馬車を呼ばれたり寮まで先輩に送ってもらったりしていた。
実家暮らしのハロルドは、郊外から都内に引っ越して姉と借家暮らしのゼウスを送っていくことになった。
歩けるか尋ねると大丈夫だと返ってきたが、数歩歩いただけでその場に蹲りまぶたを綴じて寝そうになっていたので、見かねたハロルドはゼウスを背負った。
馬車に乗ってしまえばそれほどかからずゼウスの家に着くが、この幸せな時間をなるべく長引かせたくて、ハロルドは夜の街を徒歩で移動することにした。
「ハル…… ごめんな…… ありがとう」
「ううん、大丈夫だよ」
ゼウスが途中で目を覚ましたらしく、身動ぎしてハロルドに声をかけてくる。ハロルドが微笑みながら返事をすると、安心したのか背中からまた規則的な寝息が聞こえてきた。
「ゼウス、寝ちゃった……? ゼウス?」
「……」
声をかけてみたが反応はない。
自分の心がずっと温かいもので占められていた。
「…………ゼウス、好きだよ」
寝ているならまあいいかと、一生言うつもりはなかったが、胸の中に隠した自分の秘めた思いを告げてみると――――その瞬間、近くの路地裏の奥からゴトンと何か大きな物が落ちたような音と、明らかに人の足音が遠ざかる音が聞こえてきた。
まさか誰かにゼウスへの告白を聞かれてしまったのかと青くなったハロルドは、音のした路地裏の暗がりへと足を踏み入れた。
路地裏は街灯の光が届かないため月明かりだけが頼りだった。人の姿は既にない。暗がりの中を進むと、足の先が何か硬いものに触れて転びそうになってしまった。慌てて踏み留まったハロルドは、ゼウスを背負ったまま屈んで地面にあったものを拾い上げた。
「これは……」
硬い金属で作られてずっしりと重みのあるそれは、あの時ハロルドに使われたものと同じ種類のものだ。
養成学校で、獣人を生け捕りにした時に使うものとして習ったから今ならわかる。
これは人間用のものとは違う、かなり強度の高い獣人用の手枷だ。
「ゼウス、起きて! わかる? ゼウス!」
街路で辻馬車を捕まえてゼウスを乗せた。御者にゼウスの自宅の場所は伝えたが、一人で帰らせるのでその旨を本人にも言っておかなければ。
大きめに肩を揺らすと軽く唸りながらゼウスがその美しい蒼碧の瞳を開けた。寝起きでぼーってしている様子だが、はっきりとハロルドを視界に捉えていた。
「ごめん、俺用事ができちゃったから、一人で帰れる? 馬車がこのまま自宅に向かうから」
「だ、大丈夫だ……」
ゼウスは何度かこくこくと頷いた。また寝てしまうかもしれないが、起こそうとすれば起きるのでたぶん大丈夫だろう。ハロルドは御者にくれぐれもよろしくとチップを多めに渡して馬車を見送った。
ハロルドは手枷を拾った路地裏に戻ってきていた。大通りから外れた薄暗い小路を進む。そして――――
後ろから人の気配が近付いてきたので、振り返った。
彼は今度は逃げなかった。自ら進んで路地裏に入っていくハロルドを見て、自分に会おうとしていることを理解したのだろう。
絹糸のような金色の髪が闇夜に映えていた。中身は別として顔の造形は清潔感が溢れていて、五年以上経過しているというのに彼はほとんどあの頃と変わらない容姿をしていた。けれど、甘さを含んでいる目元の奥、ゼウスと同じ色合いの蒼碧の瞳は悲しみに包まれていた。
「……リック」
ハロルドは彼の名を呼んだ。




