14 かくれんぼ 1
「テメェ! ゴルァァァ! アスタァァァッ! どこに逃げやがったぁ! 出てこいやぁぁぁッ!」
自身の得物である大剣を背中に担いだ大男が、アスターを探しながら養成学校内を練り歩いていた。極悪極まりない形相で肩を怒らせながら歩く様子は、さながら想像上の生物であるドラゴンが口から火を吹きながら怒りのままに都市を破壊し尽くそうと歩き回っているかのようだった。
その男、マクドナルド・オーキット三番隊長が進む先には人っ子一人見当たらない。訓練生たちは皆、何もしていなくても目が合ったら殺されると直感し、マクドナルドから距離を取って総員退避していた。
アスターは息を潜めるようにして鍛錬場の掃除用具入れの中に隠れていた。そしてなぜかハロルドもその逃走劇に巻き込まれてしまい、アスターと二人で狭い用具入れの中で身を潜ませるはめになっていた。
その日当番だったハロルドは、訓練終わりに鍛錬場の片付けをしたのだが、掃除用具が乱雑に置かれていることが気になってしまい、他の当番が先に帰ってしまっても、一人で掃除用具入れの整理整頓を続けていた。気の済むまでやったので帰ろうと鍛錬場を出た所で、必死の形相で走るアスターと後ろから聞こえるマクドナルドの怒鳴り声に気が付いた。
鍛錬場はだだっ広いが隠れられる場所は限られていて、ハロルドはひとまずアスターと共に掃除用具入れの中に飛び込んだ。
外ではまだマクドナルドの怒りの声が響いている。
「オーキット隊長をあそこまで怒らせるなんて、一体何をやったんですか?」
ハロルドは小声で隣のアスターに当然の疑問を口にする。
アスターは現在二年生。卒業まであと三ヶ月ほどであるのだが、彼は優秀な訓練生のみに時折施される特例により、卒業前から正規の銃騎士に混ざって活動していた。養成学校の通常課程からは外れてしまうが、実地訓練により特別単位を取得したとみなされて卒業できるという制度だ。
アスターは先月から三番隊に移り、既に数回獣人討伐に出掛けて目覚ましい活躍をしたと聞いているのだが、なぜ今養成学校にいるのだろう。
「早く一人前になりたかったからさ、訓練生の身の上でも特別手当てが出るっていうから三番隊に行くのを了承したんだけど……」
アスターは父親の死亡直後は未成年だったために男爵位を継ぐことができなかった。一旦叔父が後見人になり爵位は保留となったが、アスターが銃騎士を目指すと言い始め、アスターの意志で正規の隊員になるまではと爵位継承はそのまま保留にされていた。
二学年次に進級する時、貴族だけは特例でお金を納めれば残り一年間の課程を免除されて銃騎士になれるという制度があり、一応名ばかり男爵家の出だったアスターはそれを利用してみようと思ったこともあったらしい。しかし、「何でこんなアホみたいな額を納めないといけないんだ! ボッタクリか!」と言って即却下していた、という話はレインから聞いたことがある。
「よくよく調べたら待遇がおかしいんだよ! こないだの討伐で俺獣人を五人狩ったのに、訓練生に対する報奨の規定が無いからって理由だけでそれに対する報酬は無し! 一応危険手当は出されたけどそれも正規の隊員の半額だ! 働きに対する正当な評価がもらえないなんておかしいだろ?
それをマック隊長に直訴したら、『黙れこの守銭奴が! 貴様の腐った性根を叩き直してやる!』とか言われて大剣振り回してきたから、『こんな脳筋暴力上司の下では働けません俺は普通の訓練生に戻りますさようなら』って言って逃げてきた」
つまりは、火に油を注いできたわけか。
「それはちょっと…… あの人は叙爵もされていますし隊長ですごい人なんですから、流石に失礼だったんじゃないですか?」
マクドナルドは銃騎士隊での歴戦の勇者のような活躍ぶりを認められて、伯爵位を賜っている。
「そ、そうだよな……」
アスターが少しどよんとした感じになった。
「なんかマック隊長って酒飲むと可愛い感じになるから、大丈夫かと思ってつい言っちゃったんだけど、良くなかったよな」
アスターは反省しているのかため息を漏らしているが、ハロルドは何も言えずに無言になっている。
(可愛いって……)
あの筋骨隆々とした男の中の男!みたいな人が可愛くなるって一体どんな感じなのだろう……
というか、怒っていない平常時でもどこの極悪犯だろうというくらいに顔が怖いので、その相手に対して報酬の不満を直談判しようとしたアスターの胆力がすごい。アスター自身が強すぎるせいなのか、猛獣のような男に対しても臆することはないのだろう。
アスターは強い。訓練生の中では飛び抜けていてケタ違いだ。ハロルドでも敵わない。
以前アスターには模擬戦で手を抜いていることを見抜かれてしまった。何で本気でやらないんだと聞かれて、しどろもどろになりながらも、他の訓練生に怪我をさせたくないから、と適当に応えると、じゃあ俺が対戦相手になるよ、と、アスターが三番隊に行く前まではよく夜に鍛錬場で落ち合って対戦をしていた。本気を出してもアスターが強すぎて全く歯が立たなかったが、遠慮せずに思いっきり戦えるのは楽しかった。
アスターは模擬戦では常に勝者だった。負けたことがあるのは一人だけだ。といってもアスターが途中で試合を放棄してしまったので正確な結果とは言い難いが。
相手は銃騎士隊最強とも言われていた二番隊長代行ジュリアス・ブラッドレイだ。神の領域に近い美しさを持つ超絶規格外美形ジュリアスは、時折副官を連れて訓練生の様子を視察しに来ることがあって、まれに訓練生に声をかけて対戦の相手をしていた。ゼウスなんてジュリアスと戦って吹っ飛ばされて気絶したことがある。アスターはジュリアスが来る度に対戦を願い出ていたが、ジュリアスはあまり乗り気ではない様子だった。
しかし怖いもの知らずなアスターが何度もめげずに誘うものだから、片手で数えるほどだが二人は対戦したことがある。結果はいつもアスターの勝ち。アスターこそが銃騎士隊最強だと訓練生たちは盛り上がり、ジュリアスも苦笑しながらアスターは自分よりも強いと褒め称えていたが、アスターはなぜかその度に不満そうだった。
アスターが初めてジュリアスに勝った日、ちょうど夜に落ち合う約束をしていたので、ハロルドは彼に会うなり昼間の戦いをすごいと絶賛したのだが、アスターはやっぱり浮かない顔をしていた。
「違う、手を抜かれた。あの人は全然本気なんかじゃなかった。あの人が本気を出したらたぶん勝てないと思う。あの人の強さはバケモノ級だ。なんでなのかよくわからないけど、あの人は自分が強すぎるってことをあまり周囲には知られたくないみたいだ。いつも自分の強さを誇示せずに隠している。でも、わかる人にはわかる」
ジュリアスが銃騎士隊歴代最強と言われている噂の出どころは、そのジュリアスの強さに気付いている者たちからのようだった。
ジュリアスとの戦いではいつもアスターが勝っていたけれど、最後の戦いになった対戦だけは勝手が違った。
アスターは対戦の途中で剣を鞘に収めてしまい、そのままジュリアスに背を向けて場外に出て、自ら進んで負けた。
あまりのことに周囲が呆気に取られる中、ゼウスが走り出したので自分も一緒にアスターに駆け寄ったハロルドは、アスターがそばにいたレインに、「結局どこまでやってもあの人は俺に本気を出してくれなかった」と愚痴を溢すように言っていたのを聞いた。
以降アスターがジュリアスに戦いを挑もうとすることはなくなった。
アスターがジュリアスと戦ったのも、誰かに負けたのを見たのも、それが最後だった。




