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たかが子爵家  作者: 鈴原みこと
第十六章 皇子の訪問
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Ⅳ.腹黒子爵の目論見①


 不正の告発を受けたヴァルテンベルク公ザムエルがこの罪をオットマールに着せようとしたとき、ヒュッテンシュタット公カルステンはその可能性を否定した。しかしその方法は遠回りと思えるものだった。


 オットマール主犯説を否定するだけなら、時系列的な矛盾点を指摘してやればそれで済んだはずだ。

 不正は少なくとも十年前から行われていたが、オットマールがヴァルテンベルク公爵に雇われたのは六年前。オットマールを主犯だと主張するのは無理がある。


 落ち着いて考えさえすれば誰でも気づける矛盾だ。謁見記録を読んだだけのウリカもすぐに気づいたほどである。


 あのとき頭に血をのぼらせていたヴァルテンベルク公爵ならともかく、あれだけ冷静に対応していたヒュッテンシュタット公爵が気づかないはずはない。


 では、なぜ彼は指摘しなかったのか――


「確実にヴァルテンベルク公爵の逃げ道を(ふさ)ぐには、その視野を極限まで狭めること。それが肝心だ――父はそうカルステン様に忠告(アドバイス)したそうです」


「ヴァルテンベルクがオットマール犯人説に固執するよう仕向けたのはそれが理由というわけか」


 ジークベルトの説明にアルフレートが納得してみせる一方で、ウリカは「どういうこと?」と首を傾げていた。


 カルステン本人から詳しい事情を聞いていたジークベルトや、あらかじめヴァルテンベルク公爵の身辺を調査させていたアルフレートとは違って、ウリカには欠けている情報が多い。だから彼女ひとりだけ理解が追いつかないのは仕方がないことだった。


「この件に関して、ヴァルテンベルク公爵にはオットマール以外に身代わり(スケープゴート)にできた人物がもう一人いるんだ」


 そう説明したのはユリウスだった。

 アルフレートがそのあとを継ぐ。


「十数年に渡ってヴァルテンベルクに仕えている管財人だ。正直なところ、そっちに罪を着せられていたら、こちらとしても公爵自身の関与を証明するのは難しくなっていただろう」


 なるほど、とウリカは納得した。


「つまり、その管財人から公爵の意識を逸らすためにオットマールを利用したわけですね」

「そういうことだろうな」


 答えてからアルフレートは「ふむ」と考える素振りを見せてジークベルトに視線を移した。


「だとすると、あの場にオットマールを連れてきたのは、ヴァルテンベルクの怒りを煽るためでもあったわけか」

「そうなりますね」


 頷きながら赤毛の少年はくすりと笑う。


「ヴァルテンベルク公爵はオットマールに裏切られたこと自体が、そもそも許し(がた)かったことでしょう」


 飼い犬に手を噛まれたら厳しく(しつ)け直さなくてはならない。ごく当たり前のようにそう思ったはずだ。


「そのせいで『何としてもオットマールに罪を被せなければ』という考えに公爵は固執してしまったんです」


 オットマールは大事な誘導装置だった。カルステン――というよりステファンが用意した罠にヴァルテンベルク公爵はまんまと嵌められて、自分が逃れるための唯一の可能性を見落としてしまったわけだ。

 あとはその状態を維持したまま、彼が失言するように話を誘導していけばいい。


 カルステンの手腕もあるが、ステファンの事前の画策があってこそ、容易にヴァルテンベルク公爵を追い詰めることができたと言えるだろう。


「頼もしくも恐ろしい男だな……」


 ティーカップを揺らしながらアルフレートは半ば毒づいた。中でゆらりと波打つ液体にぼんやりと(すみれ)の瞳が映りこむ。敵に回してはいけない――そんな警戒心が自分自身の胸中に植えつけられたような不快さがあった。

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