Ⅳ.腹黒子爵の目論見②
アルフレートがひとつため息を落とす。
シルヴァーベルヒ子爵ステファンに抱いた恐れにも似た感情を、いったん追いだそうとしたのだ。
「それはそうと」と気をとり直した皇子は、ジークベルトに視線を戻して、漠然と感じていた疑問を口にした。
「シルヴァーベルヒ子爵は、オットマールの人柄をよく知っていたのだろうか?」
いくら優秀とはいえ、不正に手を貸していた人物だ。どんな事情があったのだとしても手放しで信用することはできないはず。
「今回のことを恩に着せて雇い入れたとしても、リスク面への不安は拭いきれないんじゃないかと少し気になったんだが」
これはただの興味本位だ。
あの子爵がこの程度のリスク管理をしていないはずがない。アルフレートがわざわざ心配してやる必要もないことだろう。
「知らなかったのだとしても、抜かりはないでしょう」
案の定、子爵の息子は苦笑ぎみに肩を竦めた。
そして言うのだ。
「そのために、謁見の間で弁明の機会をオットマールに与えたんでしょうから」
アルフレートの眉間が震える。ジークベルトの回答に不意をつかれたからだ。
ヒュッテンシュタット公カルステンが褒美を受ける代わりに要求したもの――オットマールの言い分を聴いてもらいたい、としたあの時の言動にそんな意味があったとは思いもしなかった。
「ではあれは、オットマールの心情を汲みとったものではなく、オットマールの本心を知るための訴えだったというのか?」
「カルステン様としては、あくまでオットマールの罪悪感を軽減しようと願いでたものだったと思います。ですが、そこに別の思惑が便乗していた……それは間違いないでしょう」
断言したジークベルトの瞳に諦観の色が浮かぶ。
「数日前に父が『新しい領地管理人が見つかった』と浮かれていたので」
その際に「生真面目で扱いやすそうな優良物件だったよ」と声を弾ませていたことを赤毛の少年が白状すると、誰からともなく呆れのため息がこぼれ落ちた。
「お父様らしい……」
「聞きたくなかった……」
「なんか……すいません」
「相変わらずねえ」
身内勢からしみじみとした感想がもれて、場には辛気臭い空気が漂った。
その様子を眺めて、アルフレートが思わず吹きだした。
「油断ならない子爵殿も、身内の目にはただの困り者に映るのだな。可愛げが出て結構なことだ」
爆笑する皇子に、子爵令嬢が頬を膨らませる。
「私だって、そうやって他人事みたいに笑っていたいわ……」
思わず敬語を忘れて返したあとに「しまった」とウリカが表情を凍りつかせるのを見て、アルフレートは笑う。
「気にしなくていい。そうやって気安くしてくれたほうが、俺も嬉しい」
本心からそう言うと、ウリカはきょとんとしてから、満面の笑みを返してくれた。
「じゃあ、プライベートのときは遠慮しないわ。そのほうが肩が凝らなくていいわよね」
その無邪気な笑顔に、アルフレートの肩から力が抜けた。
不思議な感覚があった。ようやく楽に息ができるようになったような……喉の奥につっかえていた何かが取れたような……そんな感覚だった。
それを実感した瞬間、自分こそが無意識のうちに壁を作っていたことを悟って、アルフレートは自嘲した。
「ユリウス」
と、隣に座る友人に声をかけたとき、アルフレートの心は自分でもびっくりするほど穏やかに凪いでいた。
「お前から家に招待したいと言われたときは、その意味がよく分からなかった」
本音を吐露したあと、アルフレートは泣き笑いのような表情を見せた。
「ここに来られて良かったと、今は本心から思う。ありがとうな」
ユリウスが笑う。相変わらずのやさしい表情だった。
「俺はただ、お前にもっと甘えてほしいと思っただけだよ」
そう言ってアルフレートの頭を撫でるユリウスは兄のような顔をしていた。
二人の様子を見ていたカタリーナ夫人が「ふふっ」と笑う。
「皆まだまだ子供で、困ったものね」
揶揄的に含み笑うその口調は、まるで腹黒子爵すらも子供扱いしているように響いた。実はこの夫人が最強なのではないかと錯覚しそうになる。
「伯母様に甘えられるなら、私はもうちょっと子供でいたいかも」
「あら、いくつになってもウーリは私に甘えていいのよ。それが伯母としての特権だもの」
よく分からない理屈を振りかざして、いつの間にか姪の隣へと移動していたカタリーナがウリカを抱きすくめる。
「えへへ」と笑うウリカはまんざらでもなさそうだ。
なんとなく場の雰囲気が無礼講と化して、この夜のベルツ家は陽気な空気に包まれていった。




