Ⅲ.告発の首謀者②
裏で糸を引いていた――そんな不穏な言葉が飛びだして、室内には微妙な空気が流れた。
ユリウスがそっと顔を逸らし、ウリカは手にした小冊子で顔を隠す。
薄々そうだろうとは思っていたけど聞きたくなかった、と言わんばかりの二人とは対照的に、アルフレートは「ほう……」と面白そうに身を乗りだした。
カタリーナ夫人はひとり紅茶を飲んで素知らぬ顔だ。
多様な反応を見せる周囲の大人たちをきょとんと見つめて、ジークベルトは説明を続けた。
「不正について相談を受けたカルステン様は、ひとまずオットマールがヴァルテンベルク公爵の屋敷から持ちだした裏帳簿と、国に上申された記録を見比べるために皇宮の記録書庫を訪れたそうです」
記録書庫は皇宮図書の一画にある記録文書を保管するための場所だ。
カルステンが訪れたとき、たまたまステファンもそこにいて、声をかけられたのだという。
「事情を話すと、父が興味を示して協力を申しでたのだとか」
「子爵の動機が気になるところだな。まさか親切心で協力したわけでもあるまい」
アルフレートはからかうような口調を響かせる。
ステファンがあの告発の首謀者だったと言って過言はあるまい。やはりあの子爵はたいそうなキツネなのだ。それを確信した皇子の知的好奇心は最大まで膨れ上がっていた。
隣で頭痛を堪えるような仕種を見せる騎士には、このさい気づかないふりをする。
ジークベルトが肩を竦めて苦笑した。
「いくつか狙いはあったのだと思いますが、最大の理由はオットマールだと考えて間違いないでしょう」
「オットマール? 告発の発端となった領地管理人か……なぜそれが理由になるのだ?」
不思議そうに首を傾げる皇子に、赤毛の少年はくすりといたずらっ子のような表情を浮かべる。
「実は当家の領地管理人が高齢を理由に辞職を願いでていまして」
「は?」
「若くて有能な領地管理人が欲しいと父がぼやいておりました」
開いた口が塞がらない。そんな風情でアルフレートが呆気にとられる。
ウリカは「あー、そういえば」と言いたげに中空を見つめ、ユリウスはコメントのしようもなく眉間をおさえる。
表情を変えないカタリーナ夫人が、扇子の下で含み笑っていた。
「つまり、子爵はオットマール欲しさに手を貸した、ということか?」
「うまくすれば無競争で優秀な人材が手に入るのです。動機としては十分かと」
ジークベルトは事もなげに答えた。
こういう考え方はやはりステファンの血を感じさせる。拗ねてしまうから本人の前では言えないが……。
諦観の思いで、ユリウスは紅茶を飲んで気分を落ち着けた。
「俺もひとつ気になっていたことがあるんだが」
と、気をとり直したユリウスが会話に割って入る。この際だ、ともはや開き直りの境地だった。
「ヴァルテンベルク領を訪れた際の話で、あの方にしては挑発的だなと思ったことがあるんだが」
カルステンから何か聞いていないだろうかと思い、ずっと引っかかっていた疑念を口にした。答えは思いの外あっさりと返ってきた。
「あえて少人数でヴァルテンベルク領を訪れた件ですね」
と、ジークベルトはすぐさま質問の意味を諒解して続けた。
「そうしたほうが良い――父上からそうアドバイスを受けたらしいカルステン様が『ハメられた』と文句を仰っておいででした」
ユリウスの口からため息がこぼれ落ちる。
「やはりステファン卿の謀だったか……」
あまりに引きこもり公爵らしくない画策だと思ったのだ。だが腹黒子爵にそう誘導されたのだと考えれば、腑に落ちる部分がいくつもある。
「父上としては、ヴァルテンベルク公爵がこれに食いついてくれれば儲けもの、程度の考えだったと思います」
そう、腹黒子爵の息子は分析する。
ヒュッテンシュタット公爵一行が少人数だったことで、チャンスだと思った相手が軽挙妄動に出るかもしれない。そんな思惑がステファンにはあったわけだ。
「ヴァルテンベルク公爵から反応がなければ、別の方面から追い詰めればいいだけですし、食いついてくれば手っとり早い、というだけのことですからね」
淀みなく語るジークベルトの口調は確信めいていた。
少年の話に、アルフレートは首を傾げる。
「手っとり早い、か……襲撃者を捕らえて刑務官府まで連れていくことを考えると、かえって手間のようにも思えるがな」
その疑問は尤もだ。
十数人もの襲撃者たちをたった三人で迎え撃ってさらに捕らえるともなれば、それだけでも相当な労力だろう。
だが、ジークベルトとアルフレートではそもそも見ている視点が違う。
「やる側からすれば、確かに大変な手間でしょうね。でも、やらせる側にしてみれば、口先を動かすだけなので、払う労力は皆無に等しいです」
なるほど、とアルフレートは納得する。
つまりあの腹黒子爵は、かかる手間と労力をカルステンに押しつけたわけだ。詐欺師のような手口である。
呆れる一同を傍目にジークベルトは説明を続けた。
「この件における父の狙いは、おそらく二つあります」
赤毛の少年が、すっと指を一本立てる。
「ひとつは、オットマールの証言を確信に変えること」
腹黒子爵の息子は指を二本に増やして、口角を持ち上げた。
「もうひとつは、ヒュッテンシュタット公爵を当事者にすることです」
その一言で、場に緊張が走った。




