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たかが子爵家  作者: 鈴原みこと
第十六章 皇子の訪問
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Ⅱ.まさかの来客③


 突然ひとりで爆笑し始めた子爵令嬢。それをとり巻く人間たちの心情は様々だった。


 何事か、と訝しげに令嬢を見つめる皇子。

 いつもながらの突飛さに呆れてこっそり吐息する従兄。

 元気でいいわね、と言わんばかりに微笑ましく見守る伯母。

 そして、慣れ親しんだ光景を前にかえって日常通りの平静さに戻った弟は、細切れにした肉をチマチマと食べ始めていた。


 やがて笑いを収めたウリカが大きく息をつく。深呼吸で落ち着きをとり戻してから彼女は物申した。


「殿下は人を煽るのがお上手ですね」


 子爵令嬢にそう言われたアルフレートは不可解そうに目を眇める。


「そのように見えたか?」


 心外そうに問われるも、ウリカは「はい」とはっきり答えた。


「人を煽るのが趣味としか思えない人物と交流があるもので、そうした言動には敏感にならざるを得ません」


 と、根拠を説明する。

 隣でジークベルトが「ああ、リアムさんのことか」と数刻前のことを反芻しながら一人納得していた。


「失礼致しました。話を戻しましょう」 


 気をとり直したウリカは、改めて皇子に向き合った。


「私が()()()発言をする理由……でしたね」


 と、話を本題に戻す。

 その言い方は、アルフレートの「大胆」という表現が褒め言葉ではないと、彼女が承知している証拠だった。そして、皇子が「愚かな人間」と揶揄した意図をちゃんと理解しております、という意思表示でもあった。

 ひと笑いしたおかげか、ウリカの肩からはすっかり力が抜けていた。


「理由はごく単純なものです。私はベルツ家の方たちを信じておりますので」


 ユリウスとカタリーナ夫人に視線を奔らせながらウリカは続ける。


「私がどんな発言をしても、殿下が何をお話ししようとも、お二人は顔色ひとつ変えずに平然としていらっしゃいました。殿下の意図をご存じだったからです」


 ウリカの視線を受け止めて、ユリウスがくすりと笑う。

 それが答えだった。

 ふっとアルフレートが相好を崩した。


「なるほどな。期待した以上に優秀なようだ。気に入った」

「いえ。気に入っていただかなくて結構です。迷惑ですので」


 ウリカはこれまでの憤りを吐きだすようにきっぱりと返した。


「ははっ」と皇子が楽しそうに笑う。


「試すようなことをしたのは悪かったと思っている。だが、本質を見極めておきたかったのでな」


「そのようなことを確かめて、何を(たくら)んでいらっしゃるんですか?」


 問いかける子爵令嬢の瞳には、薄く警戒の膜が張っていた。それとなく不穏なものを感じとっているのだろう。

 アルフレートは薄く微笑む。


「さてな……それは明日の楽しみにとっておきたい」

「明日……?」


 訝しげに首を傾げるウリカに、アルフレートはそれ以上を答えなかった。


「とにかく、ここまでの話は()れ言として忘れてくれ。今後は妃になれなどという悪質な冗談を言うつもりもない」


 悪質な冗談――それはそれで失礼な物言いである。

 だがウリカにとってはありがたい限りだ。


「それを聞いて安心いたしました」


 本心からの笑顔を浮かべて答えるウリカはしかし、続く言葉に明確な悪意を乗せた。


「殿下にそのような冗談は似合いませんもの」


 ――冗談(ジョーク)のセンスを磨いてから出直してください。


 暗にそう言ったのである。

 ぎょっとする使用人たちの予想に反して、皇子は心底楽しげな笑い声をあげた。


「本当にいい度胸をしているな。駒として置くにはいい人材なんだが……惜しいな」


 独り言のように呟いてから、アルフレートは話題を変える。


「ところで、先日まで高熱を出して寝込んでいたと聞いたんだが、体調はもう大丈夫なのか?」


 ウリカは少しだけ戸惑った。気遣わしげな声音で問いかけられたせいだ。

 急に態度を変える皇子だな、と思いながら「そうですね」と答える。


「一昨日の夜には、ほぼ完璧に回復していました。お父様に外出禁止を言い渡されて、昨日はどこへも行けませんでしたけど」


 過保護な父への愚痴がついこぼれ落ちる。

 アルフレートが意外そうな表情で眉を上げた。


「子爵は領地の視察に行ったと聞いているが?」


「視察を急遽とりやめて帰ってきたんですよ」


 そう説明したのはジークベルトだった。

 ウリカの容態が思わしくないと知らせを受けた子爵は、領地に向かう途中で引き返し、大急ぎで戻ってきたという話だ。


「姉上には甘いんですよね、あの人……」と、呆れた口調でジークベルトは言葉を続けた。


「外出禁止令を出しておきながら、一日中姉上の手合わせにつき合ってたら、本末転倒だと思うんですけどね」


 と、余計な説明をつけ足したのである。


「ほう……手合わせ」

「いやぁ、家でじっとしているのは退屈だったもので、つい……」


 呆れたような視線を向けられたウリカが思わずそう弁明すると、アルフレートはなぜか嬉しそうに笑った。


「そうか。それを聞いて安心した」


 少し、嫌な予感がした。


「ウリカ・フォン・シルヴァーベルヒ」と子爵令嬢の名を呼んで皇子は続ける。


「明日そなたを皇宮に招待しよう」


 それは、事実上の召喚命令であった。

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