Ⅱ.まさかの来客③
突然ひとりで爆笑し始めた子爵令嬢。それをとり巻く人間たちの心情は様々だった。
何事か、と訝しげに令嬢を見つめる皇子。
いつもながらの突飛さに呆れてこっそり吐息する従兄。
元気でいいわね、と言わんばかりに微笑ましく見守る伯母。
そして、慣れ親しんだ光景を前にかえって日常通りの平静さに戻った弟は、細切れにした肉をチマチマと食べ始めていた。
やがて笑いを収めたウリカが大きく息をつく。深呼吸で落ち着きをとり戻してから彼女は物申した。
「殿下は人を煽るのがお上手ですね」
子爵令嬢にそう言われたアルフレートは不可解そうに目を眇める。
「そのように見えたか?」
心外そうに問われるも、ウリカは「はい」とはっきり答えた。
「人を煽るのが趣味としか思えない人物と交流があるもので、そうした言動には敏感にならざるを得ません」
と、根拠を説明する。
隣でジークベルトが「ああ、リアムさんのことか」と数刻前のことを反芻しながら一人納得していた。
「失礼致しました。話を戻しましょう」
気をとり直したウリカは、改めて皇子に向き合った。
「私が軽率な発言をする理由……でしたね」
と、話を本題に戻す。
その言い方は、アルフレートの「大胆」という表現が褒め言葉ではないと、彼女が承知している証拠だった。そして、皇子が「愚かな人間」と揶揄した意図をちゃんと理解しております、という意思表示でもあった。
ひと笑いしたおかげか、ウリカの肩からはすっかり力が抜けていた。
「理由はごく単純なものです。私はベルツ家の方たちを信じておりますので」
ユリウスとカタリーナ夫人に視線を奔らせながらウリカは続ける。
「私がどんな発言をしても、殿下が何をお話ししようとも、お二人は顔色ひとつ変えずに平然としていらっしゃいました。殿下の意図をご存じだったからです」
ウリカの視線を受け止めて、ユリウスがくすりと笑う。
それが答えだった。
ふっとアルフレートが相好を崩した。
「なるほどな。期待した以上に優秀なようだ。気に入った」
「いえ。気に入っていただかなくて結構です。迷惑ですので」
ウリカはこれまでの憤りを吐きだすようにきっぱりと返した。
「ははっ」と皇子が楽しそうに笑う。
「試すようなことをしたのは悪かったと思っている。だが、本質を見極めておきたかったのでな」
「そのようなことを確かめて、何を企んでいらっしゃるんですか?」
問いかける子爵令嬢の瞳には、薄く警戒の膜が張っていた。それとなく不穏なものを感じとっているのだろう。
アルフレートは薄く微笑む。
「さてな……それは明日の楽しみにとっておきたい」
「明日……?」
訝しげに首を傾げるウリカに、アルフレートはそれ以上を答えなかった。
「とにかく、ここまでの話は戯れ言として忘れてくれ。今後は妃になれなどという悪質な冗談を言うつもりもない」
悪質な冗談――それはそれで失礼な物言いである。
だがウリカにとってはありがたい限りだ。
「それを聞いて安心いたしました」
本心からの笑顔を浮かべて答えるウリカはしかし、続く言葉に明確な悪意を乗せた。
「殿下にそのような冗談は似合いませんもの」
――冗談のセンスを磨いてから出直してください。
暗にそう言ったのである。
ぎょっとする使用人たちの予想に反して、皇子は心底楽しげな笑い声をあげた。
「本当にいい度胸をしているな。駒として置くにはいい人材なんだが……惜しいな」
独り言のように呟いてから、アルフレートは話題を変える。
「ところで、先日まで高熱を出して寝込んでいたと聞いたんだが、体調はもう大丈夫なのか?」
ウリカは少しだけ戸惑った。気遣わしげな声音で問いかけられたせいだ。
急に態度を変える皇子だな、と思いながら「そうですね」と答える。
「一昨日の夜には、ほぼ完璧に回復していました。お父様に外出禁止を言い渡されて、昨日はどこへも行けませんでしたけど」
過保護な父への愚痴がついこぼれ落ちる。
アルフレートが意外そうな表情で眉を上げた。
「子爵は領地の視察に行ったと聞いているが?」
「視察を急遽とりやめて帰ってきたんですよ」
そう説明したのはジークベルトだった。
ウリカの容態が思わしくないと知らせを受けた子爵は、領地に向かう途中で引き返し、大急ぎで戻ってきたという話だ。
「姉上には甘いんですよね、あの人……」と、呆れた口調でジークベルトは言葉を続けた。
「外出禁止令を出しておきながら、一日中姉上の手合わせにつき合ってたら、本末転倒だと思うんですけどね」
と、余計な説明をつけ足したのである。
「ほう……手合わせ」
「いやぁ、家でじっとしているのは退屈だったもので、つい……」
呆れたような視線を向けられたウリカが思わずそう弁明すると、アルフレートはなぜか嬉しそうに笑った。
「そうか。それを聞いて安心した」
少し、嫌な予感がした。
「ウリカ・フォン・シルヴァーベルヒ」と子爵令嬢の名を呼んで皇子は続ける。
「明日そなたを皇宮に招待しよう」
それは、事実上の召喚命令であった。




