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たかが子爵家  作者: 鈴原みこと
第十六章 皇子の訪問
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Ⅱ.まさかの来客②


 ポロリとウリカの右手からナイフが落ちる。

 重力に従ったナイフが卓の(ふち)にぶつかってからゴトリと床にその身を横たえた。

 その様子を眺めながら優雅に果実酒を飲みほした皇子がおかわりを所望する。

 ユリウスは召使い(フットマン)に何やら指示を出していた。


 目には映っているのに、ウリカの頭にはそれらの情報が入ってこない。

 ふと気づいたときには、落としたナイフが新しいものに取り替えられていた。

 頭をひとつ振ってなんとか思考を回復させたウリカは、周りの状況を確認した。


 隣に座るジークベルトは無表情でナイフを動かしている。食べることを忘れたかのようにひたすら肉を細切れにしていく姿は、必死に動揺を隠そうとしているようだった。

 普段大人びている弟も、さすがに平静ではいられなかったらしい。


 正面の席では従兄が素知らぬ顔で食事を続けており、伯母は眉尻を下げて呆れた顔を浮かべている。


 なるほど。そういうことか――と、ウリカは落ちつきをとり戻した。


 かちゃりと皿の上にフォークを置いて姿勢を正した子爵令嬢は、にっこりと満面の笑顔を貼りつけて皇子を見る。


「お褒めいただき恐縮ではありますが、軽率な発言はお控えください殿下」


 ウリカがそう返すと、アルフレートは目を眇めて唇を歪めた。まるで「不快である」と言いたげに。


「ほう……軽率と申すか」


 明らかに不機嫌な口調。だが本心ではないと分かっている。


(私も、売られた喧嘩は買う性質(たち)なのよね)


 どんな意図かは知らないが、どうやらこの皇子はウリカを試そうとしているらしい。だがやり方が悪質で気に入らない。

 反抗心を(たぎ)らせて応えるのは、ウリカにとって必然だった。


 隣ではジークベルトがナイフを置いて果実水のグラスを持ち上げていた。冷静にならねば――と緑の瞳がうつろに語っている。


「殿下は現状、難しい立場に身を置いていらっしゃいます」


 そう、ウリカは前置きする。

 皇宮でまことしやかに囁かれる噂や、問題視される皇后の振る舞いのことはウリカだって知っている。

 そうした背景を考えれば、彼女の指摘はごく当たり前のものだ。なぜなら――


「そのような状況で『変わり者』と囁かれる子爵令嬢などに求婚すれば、乱心を疑われるか、あるいはそれを口実として殿下を(おとし)めようとする者が必ず現れます。醜聞は格好の攻撃材料になりますから」


 皇子が含み笑う。


「自分が求婚されることを『醜聞』と言うか」

「多くの貴族たちにそう思われることは事実でしょう」


 答えるウリカは笑顔のままだ。実際、()()自体は彼女にとってどうでもいいことだった。


「正直に本心を申し上げれば、私はそのような()()()()に巻き込まれたくはないのです」


「随分はっきりとものを言うのだな」

内容(こと)が重大ゆえ、食い違いがあってはいけませんから」


 都合よく曲解されては困る――そんな意味を含んだ言い分だ。

 アルフレートが状況を楽しむように口角を持ちあげる。


「対応が慎重な割に発言は大胆。実に興味深い令嬢だ」

「いいえ、そのような興味はお捨てください。火傷なさいますよ」


 笑顔をわずかに歪めてウリカは応える。「迷惑です」と言わんばかりだった。


「本当に大胆だな。強気な発言の理由を聞いても?」


 皇子に問われて、子爵令嬢は目を眇める。


「理由があるとお考えですか? ただ愚かなだけかもしれませんよ」


 小生意気にも反論をし続ける令嬢に向けて、アルフレートは笑った。


「本当に愚かな人間は、その自覚すら持たないものだ」


 その言い草には喧嘩を売るかのような響きがあった。

 愉快そうに細められた(すみれ)の瞳は、揶揄するような輝きを放っている。問答を楽しんでいるようでもあり、同時に嘲笑っているようでもあった。

 からかわれているような気分に襲われる。


 なんだか既視感があった。

 ウリカは眉を跳ねあげて、きょとんと皇子を見つめたあと、クスっと小さな息を吐きだした。


 それから無邪気に破顔すると、そのまま「あはは」と肩を揺らして笑いだす。

 子爵令嬢の唐突な感情の急転に、場にいる者たちは唖然と彼女の奇行を眺めるしかなかった。

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