26
クラリッサが言った通り、アレックは執務室の扉を開けたままにしたので漏れ聞こえてくる会話でシャノンは中の様子を知ることができた。
誤解を生まぬよう、年頃の男女が密室で過ごすのは避けるべきというのは一般常識だ。
クラリッサとは気心知れた仲だろうし、遊び人のアレックがそれを守るかシャノンは懐疑的に思っていたけれど、ちゃんと紳士的な対応をしている事が意外だった。
シャノンは聞こえてくる2人の会話を盗み聞きする事に少し罪悪感を覚えながらも、クラリッサの協力を無駄にするまいと息をひそめた。
「素敵なお部屋ね。この部屋に入れる時が来るなんて思ってもいなかったわ。シャノンさんに感謝しないといけないわね」
クラリッサは自分がかつて入ることを許されなかったこの部屋を感慨深げに見渡した。
目の前にはアレックが入れてくれた紅茶とシャノンが作ったパウンドケーキが一切れお皿に乗っている。
貴族令嬢が作ったお菓子なのだからとあまり期待していなかったけれど、お皿の上のパウンドケーキはふっくらと甘い香りがしてとても美味しそうだとクラリッサは思った。
「⋯⋯君がシャノンと知り合いだなんて知らなかったよ」
「うふふ、びっくりした?」
クラリッサはいたずらっぽく笑うと、ティーソーサーとパウンドケーキのお皿を持ちアレックの向かいから隣りへとソファーを移動した。
アレックは少し困った表情を見せたが、クラリッサは気づかない素振りで話を続けた。
「アレック様が大切に想っている方がどんな女性見なのか知りたかったの。私たちお友達になったのよ」
「⋯⋯へぇ」
「シャノンさんは素直で良い人ね」
「そうだね」
「貴族令嬢なのにお菓子を作れるなんてすごいわ」
「うん」
「⋯⋯アレック様、もしかして怒ってます?」
アレックの素っ気ない返事にクラリッサはアレックを覗き込むように見つめる。
「怒ってなどいないよ」
隣り合って座っているアレックは自分が入れた紅茶を口に運びながら答えた。
久しぶりに近くで見るアレックはやはり美しく完璧な男性だとクラリッサは見惚れる。
「でも、いつものアレック様じゃないみたいだわ」
クラリッサが不満気に訴えるとアレックはカチャリとカップをソーサーに戻しクラリッサを見据えた。
「僕たちはもう以前とは違う関係性になったのだから、接し方も変えるべきだろう?」
「⋯そうね。でもお互い嫌いになって離れた訳ではないのだし、あまり気にしなくてもいいと思うの」
クラリッサはアレックの視線に負けじとニコリと微笑んだ。
「アレック様、私はシャノンさんを傷つけるつもりはないし、絶対に口を滑らせない自信もあるわ」
クラリッサの言葉にアレックは目を見張った。
「だからね、今まで通り割り切った関係で卒業までいても問題ないと思うの」
アレックの腕にそっと手をやり、下から目を潤ませるようにアレックを見つめるクラリッサの行動に困惑しながらもアレックは口を開いた。
「クラリッサ、申し訳ないけれどそれはできない。僕はシャノンを大切にしたいんだ。裏切りたくないし傷つけたくない」
アレックがそういうであろうと分かっていたけれどクラリッサはここで折れる訳にはいかなかった。
「アレック様がシャノンさんをずっと大切に想ってきたのは分かっているわ。けれど、シャノンさんの方は?彼女はアレック様のことを大切にしてくれる?」
クラリッサは真剣な眼差しでアレックをじっと見つめた。
「もちろん。シャノンは僕のことを考えてくれているよ。今は真剣に僕と向き合ってくれている」
「本当に?向き合っているのではなくて、彼女は背を向けているのでは?」
クラリッサの言葉にアレックはニコリと余裕の笑みを見せる。
「自惚れているわけではないけど、僕が求婚すれば大抵の女性は目先の欲に飛びついて二つ返事で快諾すると思うんだ。結婚相手として僕はこの上なく条件がいいからね」
アレックが言っていることは自惚れでも何でもなく、公然の事実だとクラリッサは思った。
文武両道、眉目秀麗、おまけに次期公爵家当主とくればこの国の女性なら全員が羨む結婚相手に違いないからだ。
「そんな僕との結婚を受け入れまいと足掻いているシャノンは、僕自身との結婚と向き合っていると思わないか?」
アレックが言わんとしていることにクラリッサはドキリとした。
自分自身もアレックの容姿や身分に魅了さのれたことを否定できない。
「⋯⋯彼女が婚約解消を望んでいること知っていたのね」
「まあね」
「なら――」
「―――僕がその望みを叶えることは絶対にないけれどね」
クラリッサの言葉を遮るようにアレックが低く呟く。
その目はクラリッサが今まで見てきた彼とは違い、ゾクリとするような冷たさと狂気を孕んでいるかのように見えた。
「クラリッサ、僕はシャノンが僕のことをどう思っているかなんてどうでもいいんだ。僕を大切に思っていなくても、嫌いでも一向に構わない。ただ僕のものになって一生側にいてくれたらいい」
その言葉にクラリッサはこの人は本当にあのアレック・マクリールなのだろうかと思った。
クラリッサの知っているアレックは優しいけれど、来るもの拒まず去るもの追わずといった冷静さがありどこか壁があって決して自分の気持ちを見せるような人ではなかった。
こんなにも身勝手な愛情をむき出しにするアレックをクラリッサは知らない。
「⋯⋯本当に好きなのね」
「もちろん。ずっと言っていたよね」
「聞いていたけれど⋯⋯アレック様のことだから嘘なんじゃないかと思っていたの。私を本気にさせないための作り話⋯⋯」
「僕は君に嘘をついたことはないよ。けれどそう思われても仕方ないほど自分がどんなに身勝手な行動をしてきたかは理解している」
――嘘をついたことはない
その言葉にクラリッサはアレックとの日々を思い返した。
アレックは“ドレスがよく似合っている”とか“今日も美しい”とか褒めてくれる言葉はかけてくれたけれど決して“好き”とか“愛してる”とは言ってくれなかった。
確かにアレックの行動は周りから見れば奔放で、身勝手だといえるかもしれない。
けれどクラリッサは納得の上で、全てを受け入れて限りある幸せな時間を与えてもらったのだ。
アレックを身勝手だと思ったことはない。
「⋯⋯いえ、身勝手なのは“約束”を破る私の方だわ」
そう伏し目がちに呟いたクラリッサは意を決したように顔を上げアレックを見て口を開いた。




