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「じゃあ、行きましょうか」
「はい」
ある日の放課後、シャノンとクラリッサは連れ立ってアレックの執務室へと向かった。
今日は例の“作戦”を実行する日だ。
この時間、トルネオは学校内で開かれる委員会に委員長として出席しているので執務室にいるのはアレック一人。
そして事前にシャノンが差し入れを持って執務室へ行くと伝えてあるのでアレックはそのつもりでシャノンを待っているはずだ。
クラリッサの腕にはシャノンが朝から焼いたパウンドケーキが入ったバスケットが掛けられている。
クラリッサが提案してきた作戦は、シャノンの代わりにクラリッサが差し入れを届けに行き、部屋で二人きりになった時にアレックを誘惑する、ということだった。
「シャノンさんは執務室の外でアレック様にバレないようスタンバイしていてね。アレック様は紳士で堅実な方だからきっと婚約者以外の異性と二人きりになる時は扉を開けておくように言うはずだから、中の様子は貴女にも分かると思うわ」
「⋯分かりました」
協力してもらっている身なのでシャノンはクラリッサの言われるがままに頷く。
パウンドケーキを差し入れに持っていくと伝えた時のアレックの嬉しそうな顔が頭をよぎり、シャノンは罪悪感を打ち消すように頭をフルフルと横に振った。
シャノンは執務室の手前でクラリッサと離れ、執務室の扉から死角になる壁際に身を屈めてしゃがみ込んだ。
ここなら、扉が開いていれば中の声が聞こえるだろうし、執務室からは見えないはずだ。
クラリッサは軽く身だしなみを整えると、しゃんと背筋を伸ばし一息ついてからコンコンと執務室をノックする。
しばらくしてガチャリと扉が開き、出て来たアレックは一瞬驚いたように目を見開いた。
「クラリッサ⋯⋯」
「アレック様、お久しぶりです」
クラリッサはかつて親密な関係だった目の前の男にニコリと笑いかけた。
「⋯⋯久しぶりだね、何か用だろうか?」
アレックがそう言うとクラリッサは自分の手の甲をアレックに差し出した。
「いつも二人で会う時は“会えて嬉しいよ”とか“今日も美しいね”といった甘い言葉と共に手にキスを下さったのに、今日はして下さらないの?」
アレックが当然この手を取りいつものようにキスをしてくれると疑ってもいないクラリッサは不思議そうに首を傾げる。
「クラリッサ、申し訳ないがそれは出来ない」
「あら?どうして?」
アレックが断る理由が分からないクラリッサは驚いたように問いかける。
「⋯⋯クラリッサ、今日は立て込んでいるんだ。用がなければ仕事に戻りたいのだが」
問いにも答えず、早々に切り上げようとするアレックの塩対応にクラリッサはショックを受けた。
自分の想定とは違うアレックの言動に戸惑いながらも本来の目的を思い出したクラリッサは自分の持っているバスケットをアレックの前へと差し出す。
「これ、アレック様の婚約者から預かってきたんですよ」
見覚えのあるバスケットにアレックは一瞬戸惑う。
「これは⋯⋯シャノンの?なぜ君が?」
その問いにクラリッサはバスケットの上に置かれている手紙を読むよう促した。
手紙はシャノンが書いたもので要約すると
“用事が出来たので今日は執務室へ約束のパウンドケーキを届けに行くことはできない。代わりにクラリッサ様が届けてくれるというのでお願いした。クラリッサ様に申し訳ないのでお礼としてパウンドケーキを出してあげて二人でお茶でもしてほしい”
といったことが書かれてある。
「⋯なるほどね」
手紙を読んだアレックは冷ややかに笑みを浮かべた。
「シャノンの代わりにわざわざ持ってきてくれてありがとう。お礼といっては何だけれど、一緒にお茶でもいかがかな?」
その言葉を待ってましたと言わんばかりにクラリッサは微笑む。
「喜んで」
そう言ってクラリッサは執務室の中へと足を進めた。




