第9話 予算評議会、脳筋将軍の威嚇
そして迎えた、軍事予算評議会の日。
大広間の長机を挟み、シルバとバルカ伯爵、そして双方の部下たちが対峙していた。
部屋の空気は、今にも火花が散りそうなほどに張り詰めている。
「――以上の理由により、我がバルカ騎士団は、東部国境の警備強化のため、例年の『二倍』の軍事予算を要求する。異論はあるまいな、シルバ宰相?」
バルカ伯爵は、机にドスンと分厚い要求書を叩きつけ、シルバを睨みつけた。
その身体から放たれる圧倒的な威圧感と闘気に、シルバの背後に立つアルは、恐怖で今にも腰を抜かしそうになっていた。
だが、長机の対面に座るシルバは、寸分の乱れもない美しい姿勢のまま、ただ静かにバルカ伯爵を見つめていた。その氷の瞳は、まるで荒れ狂う猛獣を観察する調教師のように冷静だった。
「バルカ伯爵。国境の警備は大変重要なお仕事です。……ですが、予算を二倍にする根拠が、この書類からは全く見えてきませんねぇ」
シルバは、要求書を指先で軽く押し返した。
「何だと……!? 俺たち騎士が命をかけて国を守っているからこそ、貴様ら文官がぬくぬくと書類仕事に励めるのだろうが! 現場の苦労も知らん若造が、予算をケチるな!」
バルカ伯爵が激高し、立ち上がる。その手は、腰の長剣の柄へと伸びていた。完全に「力による脅迫」の構えである。同席していた他の文官たちは、恐怖のあまり悲鳴を上げて机の下に隠れようとした。
「バルカ伯爵、剣から手を離しなさい」
シルバの声が、大広間に低く、冷たく響き渡った。
その声音には、元のシルバが持っていた『焦り』や『虚勢』は一切なかった。ただただ、圧倒的なキャリアを積んできた人間だけが持つ、絶対的な『格の違い』のオーラが籠もっていた。
「私はね、現場の苦労を知らないわけではありませんよ。 बरん、むしろあなたよりも、あなたの部下たちの『本当の苦労』をよく知っています」
「……何だと?」
バルカ伯爵が、不審そうに眉をひそめる。
シルバは、懐から例の『黒革の手帖』を静かに取り出し、パラリと開いた。
「バルカ伯爵。あなたが要求している追加予算の内訳……『騎士たちの最新装備の購入費』、および『前線基地の維持費』となっていますが。……おかしいですね。私、先日、東部前線基地の一般兵たちの『本音』を、独自に集めさせてもらいましてね」
シルバの言葉に、バルカ伯爵の側近の一人が、びくりと肩を揺らした。




