第7話 おばあちゃん、新人に「ほうれんそう」を叩き込みます
「アルさん、少しおかけなさいな」
書類整理が一段落したところで、シルバはアルにソファーを勧めた。
アルは恐縮しながらも、疲れ果てた体を腰掛けさせる。そこへ、シルバが流れるような所作で、温かいカモミールティーと、小さな焼き菓子を差し出した。
「あ、ありがとうございます……シルバ様。あの、僕のような一介の秘書官に、ここまでしていただくなんて……」
「何を言っているのですか。あなたは私の唯一の『直属の部下』、企業で言えば秘書室のホープですよ。上司が部下の体調を気遣うのは当然の義務です」
シルバは、紅茶を一口すすると、真剣な眼差しをアルに向けた。
「さて、アルさん。あなたのこれまでの働きぶりですが……真面目で、忠誠心も高く、非常に好感が持てます。ですが、一つだけ致命的な欠点があります」
「ひっ……欠点、ですか!?」
アルの背筋がピシッと伸びる。元のシルバなら、ここで「無能め!」と怒号が飛んできたはずだ。しかし、今のシルバの声音は、冷徹な美貌とは裏腹に、どこまでも優しく、包み込むような響きを含んでいた。
「ええ。あなたは『抱え込みすぎる』のよ。ボルドー侯爵が怒鳴り込んできたときも、自分一人で止めようとして半泣きになっていたでしょう?」
「それは……シルバ様がお忙しそうでしたし、僕がなんとかしなければと……」
「その責任感は素晴らしいわ。でもね、ビジネス……いえ、宮廷の実務において、報・連・相を怠ることは、時に致命傷になるの。報告、連絡、相談。この三つよ」
シルバは、長い指を一本ずつ立てながら説明した。
「トラブルが起きたとき、あるいは起きそうなときは、どんなに小さなことでもすぐに私に『報告』しなさい。途中の経過も『連絡』すること。そして、自分だけで判断がつかない不穏な空気を感じたら、すぐに『相談』にきなさい。上司というものはね、部下の尻を拭うためにその椅子に座っているのですよ」
「上司は、部下の尻を拭うために……」
アルの目から、鱗がボロボロと落ちるような衝撃が走った。
これまでこの国の貴族たちは、部下に責任を押し付け、手柄だけを横取りする者ばかりだった。目の前の若き宰相は、その全責任を自分が背負うと言いきったのだ。
「分かりましたか? あなたが優秀な秘書官に育ってくれないと、私、定年退職……いえ、老後の隠居生活が楽しめなくなってしまいますからね」
「はいっ! シルバ様! 僕、一生ついていきます!」
アルの目が、感動でうるうると 潤む。
こうして、前世で何人ものヘタレ新入社員を一流のビジネスパーソンへと育て上げてきたチヨの「育成スキル」により、アルの中に眠っていた『超優秀な有能秘書官』の才能が、静かに目覚めようとしていた。




