第50話 大波乱へ! 大陸規模の「M&A(大合併)」の足音
一ヶ月後、バレンシア公国の研修団は、完全にリトアニアの「ホワイトな思想」に染まりきって自国へと帰還していった。
ルードヴィヒを筆頭に、リトアニアのDXシステムと定時退勤の素晴らしさを痛感した若き官僚たちは、自国の古いブラック体制を内側から爆破するべく、凄まじいモチベーションで動き始めることだろう。
ふふふ。これで西の隣国も、間接的に我が社の『グループ企業』のようなものですね
執務室の快適なロッキングチェアーに揺られながら、シルバは特製温泉プリンをスプーンで掬い、優雅に口へ運んでいた。甘く濃厚な味わいが、脳の疲れを心地よく癒していく。
リトアニア王国は今や、周囲の大国からも一目を置かれる「大陸一クリーンで豊かな経済国家」としての地位を不動のものにしていた。
――しかし、その平穏を破る、過去最大の「激震」が王宮を襲う。
「シルバ様、シルバ閣下――ッ!! 大変です、これは本当に、我が国の存亡に関わる国家緊急事態です!!」
秘書官のアルが、もはやクマどころか顔面を蒼白にして、ものすごい勢いで扉を蹴破るように入ってきた。その手には、大陸の最高権威である『大陸教会総本部』、そして西の大国『ガルディア帝国』、さらに周囲の主要五カ国が連名で署名した、恐ろしい金の刻印が押された極秘宣言書が握られていた。
アルさん、プリンがひっくり返りそうになりましたよ。落ち着きなさい、今度は一体どこのブラック企業(国)が不祥事を起こしたのですか?
違います! 不祥事なんてレベルではありません! 大陸の中央諸国が、我が国の温泉利権と急速な経済成長を脅威と見なし……我が国を周辺大国で分割統治、つまり『国ごと強制的な敵対的買収・解体』を行うという、共同通告を発してきたのです!
「……国ごと、敵対的買収ですか」
アルの言葉に、シルバは持っていたスプーンをピタリと止めた。
部屋に流れるBGMの音が、一瞬で凍りついたかのように止まる。
大陸の巨人たちが、リトアニアという「優良なベンチャー企業」を丸呑みにし、その富を分配しようとついに包囲網を結成したのだ。一国や一教区の力とは比較にならない、大陸全土を巻き込んだ、最大にして最悪の「業界再編」の仕掛けであった。
しかし――。
シルバはゆっくりと立ち上がると、長い指先で官服の袖を、これまでになくカチリ、カチリと、完璧な動作でまくり上げた。その氷の瞳に宿ったのは、恐怖ではなく、かつて前世で数々の巨大企業の敵対的買収をことごとく返り討ちにしてきた、伝説の敏腕秘書の、恐ろしくも美しい「戦闘モード」の輝きだった。
あらあら、まあまあ。市場のルール(国際法)を無視して、数の暴力で我が社を乗っ取ろうなんて、コンプライアンス(国際秩序)違反も甚だしいですね。大手企業が連合を組んだくらいで、このおばあちゃんが怯むとでも思いましたか?
シルバはデスクの上の『黒革の手帖』をパチリと開き、最高に不敵で、最高に冷酷な笑みを浮かべた。
上等じゃないですか。連名の国々の過去全ての通商違反、裏金、そしてお互いの『派閥闘争』は、すでに私の頭の中にインプット済みです。……アルさん、定時退勤は一時的に返上です。大陸全土のブラック国家たちを、まとめて書類の山に沈めて差し上げましょう!




