第35話 新たなる影(ブラックな監査官)
リトアニア王国が温泉ビジネスで空前の好景気に沸く中、大陸の覇権を握る中央組織――『大陸教会総本部』が動き始めていた。
王都へと続く街道を、数騎の厳粛な馬車が進んでいく。
馬車に刻まれているのは、ルミナス教区の上位組織であり、国境を越えた絶対的な権威を持つ「聖堂騎士団」の紋章であった。
「……マクシミリアン司教を失脚させ、あまつさえ神殿の財産を没収して温泉などという娯楽に流用しているとは。リトアニアの若き宰相、ずいぶんと調子に乗っているようだな」
馬車の中で、冷酷な眼差しをした男――教会の特級監査官、ヴァルターが書類を睨みつけていた。
彼らは、マクシミリアン司教の残党から「シルバが神殿の聖域を侵した」という密告を受け、リトアニア王国を『異端』として認定し、国ごと制裁を加えるために派遣されたのだ。
「いかに有能な宰相実務家であろうと、我ら教会の『神聖法』の前には無力。その不遜な首、へし折ってくれよう」
数日後、宰相執務室。
「シルバ様! 教会総本部から、特級監査官ヴァルター卿が率いる聖堂騎士団が、我が国へ向けて進軍……いえ、公式監査のためにこちらに向かっているとの情報が入りました!」
アルが、温泉の癒やしが一瞬で吹き飛ぶような青い顔で駆け込んできた。
今度の敵は、一国の貴族や大国の一特使とはワケが違う。大陸全土の信仰を牛耳る、いわば「業界の最大手(独占企業)の総本部」からの、直々の査察である。
しかし、デスクで温泉の収支報告書をチェックしていたシルバは、万年筆をピタリと止めると、最高に美しく、そして底知れない不敵な笑みを浮かべた。
「教会総本部からの査察ですか。……フフ、前世でもね、地方の支社の不祥事がバレた途端、本社の偉い役員がトカゲの尻尾切りと口封じのために乗り込んでくるケースはよくありました」
シルバはエレガントに立ち上がり、カチリと官服の袖をまくり上げる。その氷の瞳には、巨悪を迎え撃つビジネスのプロとしての、苛烈な闘志が宿っていた。
「上等じゃないですか。マクシミリアン司教が本部に送っていた『上納金の裏データ』も、すでにすべてこちらの黒革の手帖にバックアップ済みです。総本部のコンプライアンス違反、徹底的に監査して差し上げましょう!」




