第3話 笑顔のロジハラ(正論攻め)をかまします
「……さて、ボルドー侯爵?」
シルバは、広げられた書類の一箇所を、美しく手入れされた人差し指でトントンと叩いた。
「この度ご申請された『王都防衛費の追加予算』、名目としては『東部壁の老朽化に伴う補修工事および騎士団の増員』となっておりますね」
「そうだ! 国境の緊張が高まっている今、王都の防衛を強化するのは当然の義務。それを渋るとは、宰相としての資質を疑わざるを得ん!」
ボルドー侯爵は、これみよがしに胸を張った。周囲の腰巾着たちも「そうだ、そうだ!」と騒ぎ立てる。
しかし、シルバは全く動じない。むしろ、迷子の子猫を見るかのような、どこまでも慈愛に満ちた視線を彼らに向けた。
「ええ、おっしゃる通り、王都の防衛はとても大切です。……ただ、少し不思議なことがありましてね。こちらにある、一年前と二年前の『東部壁補修費』の領収書なのですが」
シルバは、二枚の古い書類を並べた。
「どちらの年も、ボルドー侯爵が懇意にされている『ボルドー石材組合』から、通常の三倍の価格で石材を購入されていますね。しかも、施工記録を確認したところ、実際に使われた石材の量は、請求されている量のわずか三分の一。……おや、残りの三分の二の石材は、一体どこへ消えてしまったのかしら?」
「な、何だと……!? そ、それは、輸送中の事故や、破損による廃棄が出たのだろう! 現場ではよくあることだ!」
ボルドー侯爵の額に、うっすらと汗が浮かび始める。
「あらあら、まあまあ。年間数百トンもの石材が、毎年同じ量だけ綺麗に『破損』するなんて、よほど不運な職人さんたちが集まっているのね。……では、もう一つ。そのボルドー石材組合から、ボルドー侯爵の個人口座へ、毎年『寄付金』として、その消えた石材の金額とぴったり同額の金貨が振り込まれているのは、どのような奇跡の偶然かしら?」
「くっ、そ、それは……!」
「さらに言えば」
シルバは、流れるような動作で別の書類――領地の納税記録を提示した。
「侯爵の領地では、今年『大凶作による減税』を王室に申請し、認められていますね。ため、領民からの税収は例年の半分のはずです。……ですが、この侯爵領の内部帳簿の写しを見る限り、領民からは例年通りの『重税』がそのまま徴収されているようですけれど?」
「な、何故それを貴様が持っている……!?」
ボルドー侯爵の顔から、完全に血の気が引いた。
それは、彼が絶対に表に出ないよう、自邸の金庫に厳重に保管していたはずの、二重帳簿のデータだった。
元のシルバであれば、そんな裏情報にアクセスする人脈も余裕もなかった。しかし、今の彼にはある。
転生直後、シルバは宮廷内でおざなりに扱われ、不満を溜めているお掃除のメイドたちの存在に目をつけたのだ。彼女たちに「ちょっとしたお菓子」と「優しい労いの言葉」をかけ、一瞬で『宮廷お掃除おばさんネットワーク(最強の諜報網)』を構築していた。
主人の部屋のゴミ箱から破いた紙屑を回収することなど、彼女たちにとって容易いことだった。
「企業の監査を五十年間も見ていればね、こういう二重帳簿の隠し場所なんて、だいたいパターンが決まっているのですよ」
シルバは、クスリと上品に笑った。
「ボルドー侯爵。これは、王室に対する『公金横領罪』、および『虚偽申告罪』、さらには『国家反逆罪』にも相当する、大変な不祥事です。……さあ、どういたしましょうか?」
「ひ、ひぃっ……!」
先ほどまでの威風堂々とした態度はどこへやら、ボルドー侯爵は膝をガクガクと震わせ、その場にへたり込んでしまった。




