11話 おばあちゃん、職場環境(ブラック厨房)の改善を命令します
バルカ伯爵を『黒革の手帖』で完全屈服させた翌日、シルバの姿は再び王城の厨房にあった。
薄暗く、油汚れがこびりついた調理台の前に立ち、シルバは官服の袖を美しくまくり上げて、鋭い視線を室内へ走らせる。
「……ひ、ひぃっ……! し、シルバ宰相閣下……!」
昨日、財務大臣に続いて軍の巨頭までをも笑顔で叩き潰した「鉄血の若き宰相」の降臨に、料理長をはじめとする料理人たちは全員、床に額をこすりつけて震えていた。彼らは悪徳貴族たちから賄賂を掴まされ、レオン王にわざと劣悪な食事を出していた張本人たちだ。
元のシルバなら「国家反逆罪で即刻処刑だ!」と激昂していたかもしれない。だが、今のシルバの魂は、酸いも甘いも噛み分けた敏腕秘書である。
シルバは冷徹な美貌に、フッと全てを見透かしたような不敵な笑みを浮かべた。
「皆さん、そんなに怯えなくとも、首をはねにきたわけではありませんよ。……ですが、この厨房の衛生環境(5S)の悪さ、そしてレオン様に出されていた食事の『クオリティ』。これらは明確な業務怠慢、企業で言えば即刻解雇に値する不祥事ですわ」
「そ、それは……上の指示に逆らえず……!」
「分かっていますよ。だからこそ、チャンスを差し上げます」
シルバはトントン、と調理台を人差し指で叩いた。
「本日より、厨房の全権は私が握ります。私が提示するレシピと、徹底的な清掃マニュアルに従っていただきますよ。もし、これに不満がある、あるいは再びどこぞの貴族に情報を流すような『情報漏洩』を働くネズミがいたら……」
シルバの氷の瞳が、ギラリと冷たくきらめいた。
「その時は、あなた方のこれまでの『食材費のピンハネの証拠』をすべて公表し、文字通り書類の山に沈んでいただきます。……さあ、返事は?」
「は、はいっ! 喜んで働かせていただきます!!」
料理人たちは弾かれたように返事をした。
こうして、宮廷のブラック厨房は、シルバの圧倒的なトップダウンにより、一瞬にして「ホワイトな超一流レストラン」へと強制変革されることとなったのである。




