第37話 二郎、柏木とレイン交換する。
ATMで現金を引き出した二郎は、家族マートを出た。
店の前では、ちょうど八王子軍警の巨大な装甲車が到着する。
車両後部のハッチが開き、副官の橋本凛が部下を率いて降りてきた。
柏木は片手をひらひら振る。
「後よろしくねー、橋本ちゃん。」
橋本は背筋を伸ばし、敬礼する。
「はい!」
「ご武運を、少佐!」
その言葉に柏木は肩をすくめ、困ったように笑った。
「やだぁ。」
「戦に行く武将みたいなこと言わないでよ。」
そう言いながら、くねりと腰をひねる。
モデル顔負けの艶やかな仕草に、周囲の兵士たちは苦笑いを浮かべる。
橋本も呆れたようにため息をついた。
「……お気を付けて。」
「はいはい。」
柏木は笑顔で手を振ると、二郎の隣へ戻ってきた。
その様子を見て、ダニッジが脳内で呟く。
『二郎。』
『こやつ、やばいぞ。』
『完全にお主をたぶらかそうとしておる。』
『警戒を緩めるでないぞ。』
「う、うん……。」
二郎は小さく返事をした。
二人はBゾーンゲートへ向かって、ゆっくり歩き始める。
柏木は家族マートの袋を覗き込み、少し困った顔をした。
「あれ?」
「ソフトクリーム、一個しか残ってなかった。」
「ごめんね。」
「半分こしよう?」
「えっ?」
返事をする間もなく、柏木はソフトクリームを一口食べる。
「ん~♪」
「家族マートのソフトクリームって美味しいのよ。」
幸せそうに目を細めると、小さなスプーンでひとすくいし、二郎へ差し出した。
「あーん。」
「はい、二郎ちゃん。」
二郎は一瞬固まる。
(えっ……。)
(さっき柏木さんが食べたばっかりの……。)
(これって、いわゆる間接……。)
顔が一気に赤くなる。
「ど、どうしたの?」
柏木はきょとんと首をかしげる。
「美味しいよ?」
二郎は恥ずかしさで頭が真っ白になりながら、小さく口を開けた。
「……いただきます。」
ひんやりとした甘さが口いっぱいに広がる。
「美味しいでしょ?」
柏木は嬉しそうに笑う。
「はい……。」
「すごく、美味しいです。」
その様子を見ていたダニッジは深いため息をつく。
『二郎。』
『完全に相手のペースじゃ。』
『わしは見ておれんぞ……。』
そんなやり取りをしながら歩いているうちに、二人はBゾーンゲートへ到着した。
柏木は立ち止まり、少し名残惜しそうに二郎を見つめる。
「そうだ。」
「携帯端末のレイン、交換しよ?」
潤んだような瞳で微笑みながら、自分の端末を差し出す。
「また連絡したいし。」
「は、はい。」
二郎は慌てて端末を取り出し、連絡先を交換した。
登録が終わると、柏木は満足そうに微笑む。
「ありがと。」
「私はさっきの現場に戻らなきゃ。」
「また連絡するねー。」
手を振りながら軽やかな足取りで歩き去っていく柏木。
その姿が見えなくなった頃――
二郎はその場にしゃがみ込んだ。
「……疲れた。」
尻尾のダニッジもぐったりしている。
『わしもじゃ……。』
『戦場より精神力を削られた気がするぞ。』
一人と一匹は、しばらくその場から動くことができなかった。




