第33話 揚げ物店廃ドラ
カツヲ商店を後にした二郎は、勝浦にもらった地図を見ながら中央市場を歩いていた。
「あった。」
通りの角に、小さな揚げ物屋が見えてくる。
看板には、どこか愛嬌のあるディープワン・ハイドラをデフォルメしたイラスト。
その横に大きく、
『揚げ物屋 廃ドラ』
と書かれていた。
コロッケやメンチカツ、魚介フライなどが並ぶ昔ながらの惣菜店だ。
しかし昼を少し過ぎた時間だからか、店先には客の姿はない。
「こんにちは。」
二郎が声を掛けると、
「はーい!」
威勢のいい返事とともに、恰幅のいい魚人のおばちゃんが暖簾をくぐって出てきた。
頭は魚人らしい顔立ちだが、笑顔がよく似合う肝っ玉母ちゃんだ。
その後ろから、少し細身の弟らしき魚人の男性も顔を出す。
「いらっしゃい。」
「揚げ物かい?」
二郎は首を振った。
「知り合いに、ここでモンスター素材を買い取ってくれるって聞いたんですが。」
「おっ。」
おばちゃんの目が輝く。
「素材かい!」
二郎は背負っていた袋をカウンターへ置いた。
ガサガサッ。
袋を開けると、中にはジャイアントローチの素材がぎっしり詰まっている。
顎。
外殻。
脚。
どれも丁寧に解体され、まだ乾いてもいない新鮮な素材だった。
「今日、倒したばかりです。」
おばちゃんは素材を一つ手に取り、目を丸くする。
「おぉ!」
「新鮮なゴキやん!」
「こりゃええ素材や!」
弟も顎を手に取って頷く。
「傷も少ない。」
「解体も丁寧やな。」
おばちゃんは嬉しそうに笑った。
「北八王子じゃ、なかなか手に入らへん素材やねん。」
「鑓水ダンジョンフィールドで採れるんは知っとるんやけど……。」
少し困ったように肩をすくめる。
「うちら魚人が行ったら、人間の探索者に殺されるか、嫌がらせされるかや。」
「怖くて近寄れへんのよ。」
弟も苦笑した。
「今は昔よりましになったけどな。」
「それでも、わざわざ危ない場所へ行く理由はあらへん。」
おばちゃんは袋の中身を一つひとつ取り出し、手際よく仕分けを始めた。
「ほうほう。」
「解体もきれいやな。」
「鮮度も申し分なしや。」
弟も素材を確認しながら頷く。
「顎も欠けてへん。」
「外殻も割れが少ない。」
「ええ仕事しとる。」
おばちゃんは木札に品目を書き出した。
* 外殻 ×5
* 大顎 ×5
* 前脚 ×10
* 後脚 ×20
「うちは、この値段で買い取っとる。」
「足は一本百円。」
「外殻は一枚二百円。」
「大顎は一つ百五十円。」
指を折りながら計算する。
「足が三十本で三千円。」
「外殻が五枚で千円。」
「大顎が五つで七百五十円。」
「合計――四千七百五十円や。」
二郎は思わず笑顔になった。
「ありがとうございます!」
「思ったより高く売れました。」
おばちゃんはレジから四千七百五十円を取り出し、二郎へ手渡した。
「北八王子じゃ、新鮮なゴキ素材は貴重やからな。」
「安心して仕入れられる相手は大歓迎や。」
二郎は代金を受け取り、丁寧に頭を下げる。
「ありがとうございます。」
すると、おばちゃんが「あっ」と思い出したように声を上げた。
「そうそう。」
「今回は解体済みの素材やったけどな。」
「もしジャイアントローチを丸々一匹持って来てくれるんやったら――」
指を一本立てて、にかっと笑う。
「一匹、千五百円から二千円で買うたるで!」
二郎は目を丸くした。
「そんなにするんですか?」
「するする。」
おばちゃんは豪快に頷く。
「生きたままや鮮度のええ個体やと、内臓も体液も全部使えるからな。」
「素材をバラして持って来るより、丸ごとの方がうちらは助かるんや。」
弟も腕を組みながら続ける。
「解体は店でやるし、その方が歩留まりもええからな。」
「なるほど。」
二郎は感心したように頷いた。
「じゃあ、次は丸ごと持ってきます。」
「おう!」
おばちゃんは満面の笑みを浮かべた。
「期待しとるで!」
「また来てな!」
「はい!」
二郎は笑顔で手を振り、揚げ物屋『廃ドラ』を後にした。




