第30話 二郎逆ナンされる。
二郎は魚人自治領Bゾーンのゲートへ向かって歩いていく。
ゲートの手前には、ヘルハウンド隊の十五年式装甲兵員輸送車が待機していた。
二十ミリ・マウザー機関砲を備えた砲塔の上では、柏木沙織少佐が周囲を警戒している。
その時だった。
「おっ?」
沙織が二郎の姿を見つけ、思わず目を丸くした。
立派な角。
全身を覆う黒い毛並み。
小柄な山羊獣人の少年。
沙織の目がみるみる輝く。
「ちょっ……。」
「モフモフの黒山羊さんやん!」
「キャワイイ~~!!」
二十ミリ・マウザー機関砲の銃座から身を乗り出し、ぶんぶんと手を振る。
つい先ほどまで歴戦の軍人として重い過去を語っていた人物とは思えない。
二郎は思わず立ち止まった。
(……なんだ、この既視感。)
女性士官とは思えない勢いで身を乗り出してくる沙織を見上げ、小さく呟く。
「なんか……。」
「映画とかで、可愛い子がトラックの横を歩いてたら、イカついおっさんに『ねぇちゃん!』ってナンパされる場面あるじゃん。」
「……ああいう気持ちが、ちょっと分かった気がする。」
『ほっほっほ。』
ダニッジが愉快そうに笑う。
『モテる男は辛いのう。』
「いや、全然うれしくないんだけど。」
「聞こえとるでー!」
沙織は頬を膨らませる。
「お姉さんはナンパちゃう!」
「純粋にモフモフが好きなだけや!」
橋本凛は額に手を当て、小さくため息をついた。
「隊長。」
「勤務中です。」
「五分だけ!」
「三分だけ触らせて!」
「一分!」
「駄目です。」
橋本は即答する。
「隊長、相手が困っています。」
「うぅ……。」
沙織は名残惜しそうに銃座へ戻った。
その様子を見ていたヘルハウンド隊員たちは、慣れたように苦笑する。
どうやら、これもヘルハウンド隊の日常らしい。
二郎は軽く会釈すると、そのままゲートへ向かった。
ゲート前では、槍やライフル、ショットガンで武装した魚人自治警備隊が出入りする者を一人ひとり確認している。
人間の商人や探索者は身分証と通行許可証を提示し、厳重な審査を受けていた。
二郎は左腕の探索者端末を操作し、探索者許可証を表示する。
「すみません。」
「探索者なんですが……入れますか?」
魚人の警備隊員は端末と二郎の姿を見比べた。
立派な角。
全身を覆う黒い毛並み。
どう見ても人間ではない。
警備隊員は仲間と顔を見合わせ、小さく頷く。
「探索者許可証を確認。」
端末を読み取ると、すぐに返却した。
「問題ありません。」
「あなたは人間ではありませんので、人間立入規制の対象外です。」
二郎は少し驚いた。
「えっ、そうなんですか?」
「はい。」
警備隊員はフェンスの看板を指差す。
『許可なき人間の立ち入りを禁ず』
「この規制は人間を対象としたものです。」
「獣人、魚人、その他の公認亜人種は、それぞれの法令に基づいて入域できます。」
「探索者許可証をお持ちであれば問題ありません。」
「どうぞ、お通りください。」
魚人の警備隊員が敬礼し、ゲートを開ける。
「ありがとうございます。」
二郎も軽く頭を下げ、魚人自治領Bゾーンへ足を踏み入れた。
『なるほどのう。』
ダニッジが感心したように呟く。
『おぬしは山羊獣人じゃ。法的にも人間ではなく亜人種として扱われておるらしい。』
「なんか複雑な気分だな……。」
苦笑しながら、二郎は異国のような雰囲気を漂わせる魚人自治領の街並みへ歩みを進めた。




