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役立たずの忘れ物係として王宮を追い出されましたが、私が拾っていたのは世界から消された約束でした。  作者: ???


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2/5

役立たずの私を雇った騎士様は、どうやら王国一の危険人物らしい

「二人とも捕らえろ! 生かして逃がすな!」


 バルド侯爵の怒号が、王宮の西回廊に響き渡った。


 私は思わず肩をすくめた。


 つい先ほどまで、この人は私を追い出したがっていたはずなのに。


 どうして今度は捕まえようとしているのだろう。


 しかも、生かして逃がすな、ということは。


 ……つまり、殺されてしまうということだろうか。


「カ、カイル様」


「なんだ」


「私、何か悪いことをしましたでしょうか」


「していない」


「では、どうして……」


「この国では、知ってはいけないことを知った人間は罪人になる」


「そんなの、おかしいです」


「ああ。私もそう思う」


 カイル様は静かに剣を構えた。


 目の前には二十人以上の衛兵。


 対するこちらは、騎士様が一人と、剣も魔法も使えない私が一人。


 それから、幽霊の王女様が一人。


 どう考えても勝てる気がしない。


「リリア。私の後ろから離れるな」


「は、はい!」


「それと、一つ聞いておく」


「なんでしょう?」


「血は苦手か?」


「……え?」


 私が質問の意味を理解するより早く、衛兵たちが動いた。


「かかれ!」


 五人の衛兵が一斉に突進してくる。


 カイル様は剣を振った。


 たった一度。


 銀色の光が走り、衛兵たちの剣が次々と床に落ちた。


「……え?」


 私は目を丸くした。


 誰も倒れていない。


 怪我をした人もいない。


 ただ、全員の剣だけが真っ二つに切断されていた。


「武器を捨てろ。命までは取らん」


 カイル様の声は冷たかった。


 衛兵たちが足を止める。


 けれど、バルド侯爵は引き下がらなかった。


「何をしている! 相手はたった一人だぞ!」


「侯爵閣下……しかし、相手は黒剣のカイルです!」


「だからどうした!」


 侯爵は懐から赤い宝石を取り出した。


 宝石には、見覚えのある紋章が刻まれている。


 王宮の魔法師団が使う、魔力封印の魔道具だ。


「これを使え!」


 侯爵が宝石を床へ叩きつけた。


 瞬間、赤い光が回廊全体へ広がった。


「……っ!」


 カイル様が片膝をつく。


「カイル様!?」


「魔力封印結界か……!」


 赤い光が、彼の身体にまとわりついていた。


 私は慌てて駆け寄った。


「大丈夫ですか!?」


「来るな! お前まで巻き込まれる!」


 けれど、もう遅かった。


 侯爵が笑う。


「いかに黒剣のカイルといえど、魔力を封じられればただの人間よ!」


 衛兵たちが再び迫ってくる。


 私は震える手で、カイル様の腕を支えた。


 どうしよう。


 私には何もできない。


 剣も使えない。


 魔法も使えない。


 ただ、落とし物を拾うことしかできない。


 ――本当に?


 突然、そんな疑問が浮かんだ。


 私はカイル様の身体を見つめた。


 赤い光。


 その奥に、何かが見える。


 小さな、青い光。


 それは、いつも落とし物の周囲に見える光と同じだった。


「……あれ?」


 私は目を凝らした。


 すると、文字が浮かび上がった。


【遺失物を確認しました】


【名称:カイル・ヴァレンシュタインの魔力】


【所有者:カイル・ヴァレンシュタイン】


【状態:強制的に剥奪中】


【返還可能】


 私は息を呑んだ。


 魔力。


 魔力が、落とし物?


 でも。


 持ち主から奪われたものなら。


 それは確かに、返さなければいけないものではないだろうか。


「カイル様!」


「なんだ!」


「少しだけ、じっとしていてください!」


「リリア、今は――」


 私は彼の胸に手を当てた。


 そして、心の中で願った。


 この人のものを、この人に返したい。


「……返還します!」


 瞬間。


 青い光が爆発した。


     ◇


 赤い結界が、音を立てて砕け散った。


 まるで薄いガラスが割れたように。


 無数の赤い光が宙へ舞い、跡形もなく消滅する。


「なっ……!?」


 侯爵の声が裏返った。


「馬鹿な! 王宮魔法師団が作った特級封印結界だぞ!」


 カイル様がゆっくりと立ち上がる。


 その身体から、先ほどまでとは比べものにならないほど強い魔力が溢れていた。


「……リリア」


「は、はい」


「今、何をした?」


「えっと……」


 私は少し考えた。


「カイル様の魔力が落とし物になっていたので、お返ししました」


 沈黙。


 カイル様が私を見る。


 衛兵たちも私を見る。


 バルド侯爵まで私を見ていた。


「……落とし物?」


「はい」


「魔力が?」


「はい」


 カイル様は額に手を当てた。


「……なるほど。そういうことか」


 何がなるほどなのだろう。


 私は少しもわからなかった。


 けれど、カイル様は笑っていた。


 今度は、はっきりと。


「リリア。お前の加護は、想像していた以上にとんでもないものらしい」


「そ、そうでしょうか」


「ああ。少なくとも、魔力封印結界を一瞬で解除できる人間を、私は他に知らない」


「……そうなんですか?」


「そうなんだ」


 彼は私の頭へ手を伸ばしかけた。


 けれど、途中で止めた。


 少し困ったような顔をして、代わりに私の肩へ手を置く。


「よくやった」


 たった一言。


 それだけなのに。


 胸の奥が、じんわりと温かくなった。


 王宮で十年間働いてきた。


 ありがとうと言ってもらったことは、何度もある。


 でも。


 私の加護そのものを褒めてもらったのは、初めてだった。


「……ありがとうございます」


 思わず、声が小さくなった。


 その様子を見たカイル様は、一瞬だけ目を細めた。


 そして、侯爵へ向き直る。


「さて」


 空気が変わった。


「今度はこちらの番だ」


 彼が剣を振る。


 回廊を走った黒い衝撃波が、衛兵たちの足元を薙ぎ払った。


「うわああっ!」


 衛兵たちが一斉に尻もちをつく。


 床に深い亀裂が走り、壁の燭台が揺れた。


 けれど、やはり誰も傷ついていない。


 カイル様は侯爵へ剣先を向けた。


「彼女に手を出すな」


「き、貴様……! 王命に背くつもりか!」


「王命?」


 カイル様が笑った。


「その命令書はどこにある?」


「そ、それは……」


「正式な逮捕状もなく、王宮を退職したばかりの民間人に刃を向けた。しかも、王族直属の近衛騎士に対して封印魔道具を使用した」


 侯爵の顔が引きつった。


「こ、この女は国家機密を……!」


「では、その国家機密とやらを、ここで説明してもらおうか」


「……っ!」


「できないのだろう?」


 カイル様の声は静かだった。


 それなのに、侯爵は一歩後ずさった。


「覚えておけ、バルド。次に彼女へ手を出せば、今度は剣だけでは済まさん」


 そして、私の手を取った。


「行くぞ」


「は、はい!」


 私は慌ててついていった。


 ……途中で一度だけ振り返った。


「あの!」


 侯爵がびくりと肩を震わせた。


「な、なんだ!」


「厨房のエプロンなんですが……!」


「知るか! さっさと消えろ!」


「……はい。申し訳ありません」


 私はしょんぼりと頭を下げた。


 王宮最後のお仕事。


 結局、終わらせることができなかった。


     ◇


 王城の裏門を抜ける頃には、夕日が街並みを赤く染めていた。


 カイル様は私の手を引いたまま歩いている。


 その背中は大きく、頼もしかった。


 ただ、一つだけ困ったことがある。


「あの、カイル様」


「なんだ?」


「手を……」


 彼は立ち止まった。


 そして、私たちの手を見下ろす。


「……ああ」


 ようやく気づいたらしい。


 ぱっと手が離された。


「すまない」


「い、いえ!」


 なぜだろう。


 離された瞬間、少しだけ寂しいと思ってしまった。


 自分でも不思議だった。


「……ところで」


 カイル様が咳払いをした。


「これから私の屋敷へ向かう」


「お屋敷、ですか?」


「ああ。王都の北区にある」


「それは……大きなお屋敷でしょうか?」


「それなりにな」


「使用人は何人くらいいらっしゃるんですか?」


「今は誰もいない」


「……え?」


「料理人も、侍女も、執事もいない」


 私は目を瞬かせた。


 公爵家のお屋敷なのに?


「どうしてですか?」


「皆、辞めた」


「全員ですか!?」


「ああ」


「な、何か問題が……?」


 カイル様はしばらく黙っていた。


 そして、少しだけ目を逸らした。


「……私が怖いらしい」


 なるほど。


 確かに、先ほどの戦いは怖かった。


 けれど。


「カイル様は、お優しい方だと思います」


 彼が足を止めた。


「……何?」


「だって、衛兵の方を誰も傷つけませんでした」


「それは……」


「それに、私を助けてくださいました」


 私は微笑んだ。


「だから、怖い方ではないと思います」


 カイル様は何も言わなかった。


 ただ、耳が少し赤くなっているように見えた。


 夕日のせいだろうか。


「……変わった女だな」


「よく言われます」


「褒めていない」


「そうなんですか?」


 彼は深いため息をついた。


 でも、不思議と機嫌は悪くなさそうだった。


     ◇


 ヴァレンシュタイン公爵家の屋敷は、想像以上に大きかった。


 王都の北区。


 貴族たちが暮らす高級住宅街の一角に、その屋敷は建っていた。


 黒い鉄柵。


 広大な庭園。


 大理石の階段。


 そして、三階建ての立派な建物。


「……お城ですか?」


「屋敷だ」


「私が想像していたお屋敷の十倍くらい大きいです」


「そうか」


 カイル様は平然としている。


 私は門の前で立ち尽くした。


 こんな場所に住んでもいいのだろうか。


 しかも、仕事をするだけではなく、食事まで出してもらえるなんて。


「あの……本当に私を雇ってくださるんですか?」


「もちろんだ」


「私、家事くらいしかできませんよ?」


「十分だ」


「魔法も使えませんし」


「問題ない」


「それに、加護も役立たずですし……」


 そこで、カイル様が振り返った。


 真剣な顔だった。


「リリア」


「は、はい」


「二度と、自分の加護を役立たずと言うな」


 私は驚いた。


「……でも」


「お前は今日、私を救った。それだけではない。十三年間、誰にも見つけられなかった姉上の存在を取り戻した」


 カイル様は私の目をまっすぐに見つめた。


「それを役立たずと呼ぶ人間がいるなら、そいつの目が節穴なんだ」


 胸の奥が、きゅっと締めつけられた。


 私は何も言えなかった。


 十年間、王宮で働いてきた。


 誰よりも早く起きて、誰よりも遅くまで仕事をした。


 落とし物を見つければ、持ち主がわかるまで歩き回った。


 けれど、私の加護はいつも笑われていた。


 そんな能力なら、加護がない方がましだと。


 ずっと、そう言われてきた。


 だから。


 こんなふうに認めてもらえるなんて、思ってもみなかった。


「……ありがとうございます」


 声が震えた。


 カイル様は少し驚いたような顔をした。


「……泣いているのか?」


「な、泣いてません!」


 慌てて目元を拭う。


 けれど、涙は止まらなかった。


「すみません……」


「謝るな」


 彼は少し困ったように周囲を見回した。


 そして、懐から白いハンカチを取り出した。


「使え」


「でも、汚してしまいます」


「洗えばいい」


「……ありがとうございます」


 私はハンカチを受け取った。


 柔らかくて、清潔な布だった。


 ほんの少しだけ、花のような香りがした。


 そのとき。


 私の視界に、文字が浮かび上がった。


【遺失物を確認しました】


【名称:白い絹のハンカチ】


【所有者:カイル・ヴァレンシュタイン】


【状態:貸与中】


【付随する感情:心配】


 私は目を瞬かせた。


 心配。


 この人は、私のことを心配してくれている。


 それがわかっただけで、胸がさらに温かくなった。


 ……でも。


 次の瞬間、もう一つの表示が現れた。


【追加情報を確認しました】


【このハンカチには、十三年前に失われた記憶が付着しています】


「……え?」


 私は思わず声を漏らした。


 カイル様が首を傾げる。


「どうした?」


「あの……このハンカチ……」


「それが?」


「何か、大切な思い出があるものですか?」


 カイル様の表情が変わった。


 ほんの一瞬だったけれど、確かに。


「……どうして、そう思う?」


「私の加護に、表示が出て……」


 私はハンカチを見つめた。


 そこには淡い金色の光が漂っている。


 王女様の鍵と同じ色。


 破られてはいけない約束の色。


「十三年前の、記憶が……」


 その瞬間。


 カイル様が私の肩を掴んだ。


「リリア」


「は、はい!」


「今、何と言った?」


「じゅ、十三年前の記憶があると……」


 彼の顔が青ざめた。


「……まさか」


 カイル様は私から一歩離れた。


 そして、震える声で尋ねた。


「その記憶を……取り戻すことはできるのか?」


 私は答えられなかった。


 そんなこと、試したこともない。


 でも。


 もし記憶が失くし物なら。


 拾って、返してあげることができるのかもしれない。


「……やってみます」


 私はハンカチを両手で包み込んだ。


 目を閉じる。


 そして、願った。


 失くしたものがあるなら。


 どうか、持ち主のところへ帰れますように。


「……返還」


 金色の光が溢れ出した。


 次の瞬間。


 私は、知らない場所に立っていた。


     ◇


 そこは、燃え盛る王城だった。


 十三年前。


 炎に包まれた廊下。


 崩れ落ちる天井。


 遠くから聞こえる悲鳴。


 そして。


「カイル! 逃げなさい!」


 銀髪の少女が叫んでいた。


 エレノア王女だ。


 その目の前には、小さな男の子がいる。


 黒い髪。


 灰色の瞳。


 幼い頃のカイル様だと、すぐにわかった。


「姉上も一緒に!」


「私は行けないの!」


「どうして!」


 王女は泣いていた。


 けれど、必死に微笑んでいた。


「お願い。あなたは生きて」


 そして、少年の手に白いハンカチを握らせた。


「いつか、私を思い出して」


 その瞬間。


 炎の向こうから、誰かが現れた。


 赤い法衣をまとった男。


 男は王女を見つめ、静かに言った。


「申し訳ありません、殿下」


 私は息を呑んだ。


 その声。


 聞き覚えがある。


 男がゆっくりと顔を上げる。


「これもすべて、王国のためなのです」


 そこにいたのは。


 今日、私を王宮から追い出した人物。


 バルド侯爵だった。


 男は王女へ手を伸ばした。


 そして、恐ろしい言葉を告げた。


「第三王女エレノア・アルディス。あなたの存在を、この世界から削除します」


 王女が悲鳴を上げる。


 少年が泣き叫ぶ。


 私は思わず手を伸ばした。


「やめて!」


 けれど、届かない。


 世界が暗転する。


 そして最後に。


 私の耳元で、誰かが囁いた。


『……見つけた』


 女性の声だった。


『ようやく見つけたわ、リリア』


 私は凍りついた。


 知らない声。


 知らないはずの声。


 なのに、なぜだろう。


 とても懐かしい。


『ずっと探していたのよ』


 声は優しく、そして悲しそうだった。


『私の、かわいい娘』


 ――え?


 娘?


 誰の?


 私の名前を呼んだ、この人は。


【封印された記憶を確認しました】


【対象者:リリア・ベルフォード】


【本来の名前:――――】


【警告:本人の記憶は意図的に消去されています】


【記憶を封印した人物:エレノア・アルディス】


 文字が、目の前に浮かんでいた。


 私は息をすることも忘れた。


 エレノア王女様が。


 私の記憶を消した?


 どうして?


 私は王女様と会ったことなんてない。


 十三年前。


 私はまだ、小さな子供だったはずなのに。


 そして、最後の文字が浮かび上がった。


【記憶の返還を続行しますか?】


【警告:返還した場合、対象者の生命が失われる可能性があります】


 私は震える手を見つめた。


 初めてだった。


 誰かの忘れ物を拾うことが。


 こんなにも怖いと思ったのは。


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